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現役を退いて暇になると、何かにつけて過ぎし日を思い出し、また、いろいろと考えごとをしてしまう。こうした折々の想いをインターネットに公開して、多くの方々と分かち合おうというのがこのサイト。
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これも一つの選択だが

by P.Itonaga posted at 2008-01-10 15:15 last modified 2008-01-10 16:48
鹿児島純心女子大学

今年の正月も多くの親族や友人と年賀状の交換ができた。最近は家族や子供たちの写真を載せ、その成長振りを紹介したものが増えてきた。こうした心温まる年賀状の中で、少しさびしい年賀状が一通あった。ある高校の校長先生からのもので、「いよいよ最後の一年です。お祈りください」と短い書き込みがついていた。

この学校は鹿児島県薩摩川内市にある川内純心高等学校である。1960年、地元川内市からの要請にこたえて鹿児島純心高等学校の分校として開校され、2年後の1962年に独立した高等学校だけのカトリック校であるが、諸般の事情により、来年3月をもって閉校することになっている。3年前の9月、教区司教の現職にあったわたしは、同学園の理事長らの報告を受け、事情を聞いて閉校について同意した経緯がある。ちなみに、カトリック学校とは関係官庁を通して国の認可を得ると同時に、地元の教区司教(local Bishop)を通して教会の認可と派遣を受けている学校のことである。同学園は閉校後、同市内にある鹿児島純心女子大学(こども学科を持つ)のキャンパスとして使用されるほか、併設されている幼稚園は大学付属として継続されるから、これはある意味で発展的閉校と言えなくもない。

いずれにしても一つのカトリック学校がなくなるのはやはり淋しい。しかし、激しい時代の流れの中でこんなこともある。だから、まずわたしは川内純心女子学園が半世紀にわたって果たしてきた業績を称え、学園を支えてきた多くの関係者に感謝の意を表したいと思う。そしてこれを、全国のカトリック教育施設の将来についてみんなで考える機会にしたい。日本カトリック学校連合会の事務局に聞いたところ、閉校に追い込まれているカトリック学校はないようだが、世間では過疎化や少子化で閉校や統廃合が相次いでいる。そこで、次はわたしの勝手な提案である。

1)個々の学園には取り巻く諸事情によって変遷はあるが、総体的に言って、カトリック教育事業の存在は教会にとっても社会にとってもきわめて大きい。カトリック教育なくして真の人間教育は完結しないからである。だから、全国の教会挙げてカトリック学校を支援していかなければならない。

2)カトリック教育事業の継続については関係者の間で鋭意検討中であると推測するが、なんと言っても学校のいわば魂であるカトリック教育者の召命のために祈りかつ努力することは重要である。修道者であるか信徒であるかを問わず、後継者の育成はカトリック教育事業自体の優先的な課題であり、務めであると思うが、しかし、同時に教会司牧の現場でも、たとえば子供たちの将来の人生選択に関する指導において、司祭・修道者の召命ばかりでなく、教育者の召命についても選択枝の一つとして教える必要がある。

3)以下は中等教育レベルの話しであるが、学校経営においては、将来のよい就職のための有名校への進学率が重要視されてきたと思うが、しかし、進学校だけがカトリック教育の使命ではないのではないか。今日の世相を見れば、大学は出たけれど仕事がないと嘆かれる一方で、中小企業界では外国人労働者を雇わざるを得ないといった事情があり、また、農山漁村では働き手がなく、山も農地も荒れ放題といった嘆きが聞かれる。だから、カトリック学校において、一方においては堅実な人格教育に併せて、職業専門の学校やクラスの創設も考えられてよいのではないか。ある心理学者が言っていたが、職業訓練は中学や高校で始める方が有利であるといわれてもいる。大学を出てからでは遅いのである。あるいはまた、花嫁学校とまでは言わないが、家庭科クラスを併設するなど、健全な家庭人や家庭運動家の養成等に乗り出せないか。離婚、家庭内暴力、子供虐待など、家庭生活や子育ての危機に対応することはカトリック学校の一つの使命ではないだろうか。

4)カトリック学校にはカトリック信者子女のための信仰教育にもっと力を入れて欲しい。子供をカトリック学校に入れたいと思っても、レベルが高いとか、授業料が高いとかで、入れない子供がいるという嘆きはよく聞かれる。また、カトリック学校に入れたいと願っても、近くにカトリック学校がないという悩みもある。だから、カトリック信者の子弟が全員カトリック学校に入れる条件を整えるために、進学校にもカトリック信者のためのクラスを設けるとか、過疎化して生徒募集に苦労している地方のカトリック学校に国内留学をさせる方策を考えるとか、多様な手段があるのではないだろうか。

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イエスの地、ナザレの出来事

by P.Itonaga posted at 2008-01-25 00:00 last modified 2008-01-22 17:08
ガリラヤ地方

鹿児島カトリック女性の会伝統の読書会は続いている。今読んでいるのはロザリオの祈りを推奨する故ヨハネ・パウロ2世の使徒的書簡『おとめマリアのロザリオ』で、今年最初の読書会では序文の後半が読まれた。その中で、「とりわけキリスト者の心にとってもっとも親しい地であるナザレのイエスの地に特別な注意を払うことなしに、ロザリオを唱えることなどありえないのです」という一節があった。すると突然、「ナザレという町は本当に存在するのでしょうか」と、質問の声が上がった。「もちろんナザレは実在します」ということで一段落したのであるが、後で調べてみると、こんないきさつがあったようだ。

昨年12月30日(日)に「聖家族の祝日」が祝われた。この日のミサで読まれたマタイ福音書の「彼はナザレの人と呼ばれる」(3の23)について、『聖書と典礼』の注釈に「旧約聖書にはナザレという地名は登場しない」とあったのを、「ナザレという町はない」と早とちりしたのではないかということが分かった。ナザレは実在するどころか、新約聖書では極めて重要な地位にある。こうして、あらためて聖母マリアの町、そしてキリストの神秘に結ばれたナザレについて観想するよい機会が恵まれた。

ナザレはイスラエルの北、ガリレアの地にある小さな町(当時はおそらく小さな村)であるが、そこはまず、聖母マリアが大天使ガブリエルから神のお告げを受けた地、すなわち、神の御子の母になることを告げられ、「なれかし」(fiat)の一言をもってこれを承諾し、聖霊の力によって人となった神の御子を懐胎した聖地である。わたしは30年近く前、巡礼団に加わってこの地を訪れ、「お告げの教会」の中に立って深い感動に浸った体験がある。この場所はまさに神の御子の神性と人性が一つに結ばれた地であり、この地を通って永遠が時間の中に入った瞬間を永久に記念する場所である。

ナザレはまた、人間としてお生まれになった神の御子が、避難先のエジプトから帰国し、住み着いた思い出の町である。「ヨゼフは、幼子とその母を連れて、イスラエルの地に帰り、ナザレという町に行って住んだ」(マタイ3,21-22)。そして、母マリアと養父ヨゼフの手厚い保護のもとで「イエスは知恵も増し、背丈も伸び、ますます神と人とに愛された」(ルカ2,52)。人間イエスはまさにナザレの地において、その人間性を豊かに育まれた。同時に、こうしてイエス・マリア・ヨゼフの人間家族は神の家族、聖家族になった。そして、幼子となった神の御子イエスの家庭生活を通してすべての家庭をある意味で聖化されたのである。

ナザレはさらに、神の御子イエスによって人間労働が聖化された記念の地である。成長するに従って人間イエスは大工として聖家族を支えた養父ヨゼフの手ほどきを受けて労働の尊さと厳しさを学び、ヨゼフ亡き後は自ら大工の仕事を通して一家の生計を支え、町の人々のために労働奉仕の使命を果たされた。こうして、人類救済のための労働の聖なる価値を明らかにされたのである。

このように見てくると、すべての人間の地上における生命の原点であり生活の基本である家庭と労働に関する真の意味と価値とが、イエスご自身のナザレにおける生活を通して明らかにされ、実現したという意味で、ナザレはまさに人類の新しい生き方の神秘が輝いている聖地である。

さらにもう一つ付け加えなければならない。現教皇ベネディクト16世は、去る元旦の平和の日メッセージにおいて、各人間家庭は人類家族、平和の共同体の原点であり、模範であることを強調された。それは、家庭において家族が互いにいたわり合い、助け合って平和を生きる原初の人間共同体であると同時に、社会の生きた細胞、社会を生かす細胞として、真の共同体を社会に広げてこれを実現する源泉であることを意味している。そのような重大な使命を持つ人間家族を自らの手で聖化されたナザレの聖家族は、まさに世界平和の出発点であったと言わなければならない。ヨハネ・パウロ2世は「キリストは家庭を通ってこの世に来られた」(家庭への手紙2)と言われたが、世界平和も家庭を通って来たのである。

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