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教会音楽との出会い(続々)

by P.Itonaga posted at 2008-03-10 15:12 last modified 2008-03-11 18:41

 6)カナダから帰国したわたしは長崎司教館勤務鹿児島司教座教会のパイプオルガンとなったが、当時まだカテドラルであった大浦天主堂の主任司祭の依頼で聖歌隊の世話を引き受けることになった。聖歌隊には若い男女のほか女子修道会の志願たちも加わっており、日曜日のミサと聖体賛美式のほか、大祝日には司教荘厳ミサにも奉仕しなければならなかった。あれから40年ばかりたったある日、「元大浦聖歌隊の集い」を呼びかける者があり、10人あまりが長崎に集まったのだが、いいおじさんおばさんたちに混じって幾人かの修道女の姿もあった。わたしはすっかり忘れていたのに、みんなは覚えていてくれたのだった。

大浦聖歌隊時代にはもう一つの出会いもあった。フランス製リードオルガンである。このオルガンは、「パリ在住のオルガン勢作技師、アルフォンソ・ロドルフ父子が製作したもので、1879年、万国博覧会に出品し、金賞を受賞したものと同一製品である。音色は重厚で荘重、その上、張りと粘りのある、頼もしい感じのするものである。42鍵で15個のストップがついており、(中略)本体の大きさは高さ95cm、幅125cm、奥行75cm、重量は200~250kgもあった」(中島政利著『福音伝道者の苗床―長崎公教神学校史―』)。このオルガンの特徴の一つは、鍵盤だけを上下し、音程を替えて演奏できることであった。とにかくすごいオルガンだったが、当時として一流のオルガンを持ち込んだパリ・ミッション会の教会音楽に対する思いの程が偲ばれる。国宝級のそのオルガンは今も国宝・大浦天主堂に保管されているはずだ。

 7)わたしは司教館勤務を解かれて1962年、新設の長崎八幡町小教区の主任司祭に任命された。第2バチカン公会議が開会した年である。時代は変わり、教会は聖歌隊中心の時代から信者共同体全体が聖歌を歌って典礼にあずかる「意識的、能動的参加」(典礼憲章)の時代に入っていた。こうして、主任司祭時代の教会音楽のテーマは「みんなで歌う元気の出るミサ」である。幸い所属信者の中にピアノの名手、高校の音楽教師がいた。楽器はどこにでもあるリードオルガンだったが、名手にかかればこうも違うものか思われるほど華やかな音色を響かせていた。共同体の中には幼稚園のシスターたちや先生たち、美声の娘たちもいた。そして、日曜日には聖堂いっぱいの会衆が老いも若きも腹の底から声を出して歌う習慣がだんだんとできて行った。さわやかな思い出である。

 8)鹿児島教区司教時代は、いわゆる「典礼聖歌」(初版1980・あかし書房)の時代であったといえよう。1970年に始まるわたしの司教としての仕事は、第2バチカン公会議(1962-64)による典礼改革によって、「教会生活の源泉かつ頂点である」聖体祭儀(ミサ)を中心とした教会づくり、教区づくりであったが、これを支えたのが、子供から年寄りまで歌える、全く新しいタイプの典礼聖歌で、すぐに教区中に広がった。

わたしの教会音楽との出会いの締めくくりは、世界的に活躍しているオルガニストの児玉麻里さんの骨折りによって、新司教座教会にパイプオルガン(写真)を設置したことである。この設置について教区民の理解を得ることは決して容易ではなかったが、いささか強引にわたしの願いを聞いてもらった。その主たる動機は第2バチカン公会議の勧めである。「パイプオルガンは、その音色が、教会の祭式に、くしき輝きを添え、心を神と天上のものへ高く揚げる伝統的楽器として、ラテン教会において大いに尊重されなければならない」(典礼憲章120)。新カテドラルに念願のパイプオルガンが完成したのは2001年4月15日、復活祭であった。わたしはミサのはじめにこのオルガンを祝別し、説教において「老いも若きも、音痴なんか気にしないで、腹の底から歌いましょう」と呼びかけ、共同体が心を合わせて、パイプオルガンの音響に負けじと歌ったあの感激は忘れ得ない。

 9)教会音楽との長い出会いの中で、一つだけ果たせなかった夢がある。それは、司教座教会にいわば「市民合唱団」を創れなかったことである。みんなで歌う典礼聖歌もよい。しかし、カテドラルを初め、大規模小教区において聖歌隊は欠かせない。会衆の歌声をリードすると同時に、折々に美しい聖歌を捧げて神を賛美し、共同体を敬虔な祈りの雰囲気に浸らせるためである。さらに、この聖歌隊を一般市民にも門戸を開いてその参加を促したかった。町の青少年たちの心に潤いのある宗教的情操を養い、彼らを創造主の賛美に誘うためである。こうした開かれた教会、開かれた聖歌隊の発想は、わたし個人に留まらず、全国の教会が共有すべき夢ではないかと思っている。 

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