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現役を退いて暇になると、何かにつけて過ぎし日を思い出し、また、いろいろと考えごとをしてしまう。こうした折々の想いをインターネットに公開して、多くの方々と分かち合おうというのがこのサイト。
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Re:イスラム教指導者、教皇と会談へ by Anonymous User — last modified 2008-04-07 20:12
松村様

申し遅れました。若し、お怒りをかったのであれば、衷心より
お詫び申し上げます。

今後、二度と書き込みしないことお誓い申し上げます。
Re:イスラム教指導者、教皇と会談へ by Anonymous User — last modified 2008-04-07 20:09
松村様

「お暇」云々は、司教様自らお書きになった紹介文から、
引用させていただきました。

司教様がどういうご活躍されているか存じません。
松村様がおっしゃるほど優れた司教様をして
「引退・暇」と書かせる状況を憂いているつもりです。

いずれにしても、司教様がお二人もいらっしゃることは、
うらやましいことです。定年になられた神父様が志願して
地方の小さな教会で、懸命に宣教されている話も聞こえて
くる中で、優れた司教様を待っている教区または教会は
ある筈です。きっと司教様も、宣教し続けるお気持で
このブロクを継続なさっていることでしょう。どうぞ
鹿児島の方、すぐれた司教様を全国に。
Re:イスラム教指導者、教皇と会談へ by Anonymous User — last modified 2008-04-07 09:35
「司教様お暇なのですか?」とおっしゃった方は、修道者をどのように捉えていらっしゃるのでしょうか?信仰生活を日常の次元に引き下ろして語ってらっしゃるように感じました。糸永司教様が「その場には行きませんが、祈っています。」と言ってくださると本当に心強いのですよ。鹿児島教区信徒 松村
Re:イスラム教指導者、教皇と会談へ by Anonymous User — last modified 2008-04-06 23:39
流石にザビエル上陸の地には、司教様がお二人もいらっしゃる。
うらやましいとの思いで、司教様の高邁なるブログを拝読させて
頂いておりますが、どこか違和感を禁じえないのは、何故であろうか。

>現役を退いて暇になると、何かにつけて過ぎし日を思い出し、また、いろいろと考えごとをしてしまう。こうした折々の想いをインターネットに公開して、多くの方々と分かち合おうというのがこのサイト。

司教様お暇なのですか?折々の個人的高等遊民的な雑感を述べるために
鹿児島の信者の皆様の浄財を浪費していらっしゃるのでしょうか。

現役を引退などと、まるで地方公務員のような感覚で、お仕事、職業として
信者をお導きになられたのでしょうか。宣教に現役も引退もないのでは
ないでしょうか。 日本のカトリックが伸び悩み減少傾向にあるのは
何も日本だけではないかも知れませんが、このような、職業宗教家意識が
原因のひとつではないでしょうか。心に染みる真面目な葬式と法事は仏教、
派手な結婚式はキリスト教。今や既に仏教と変わらない、否、仏教以下の
状況を作り出しているのは、職業宗教家であると思うのは、私だけでしょうか。


Re:イスラム教指導者、教皇と会談へ by Nomura — last modified 2008-04-05 08:52
山手教会の野村でございます。

イスラムの聖職者とカトリック、中でもベネディクト16世教皇との会話実現は、とても喜ばしいものと思います。
私は、ごく限られた情報をもとにした「推測」ですが、今回の実現は、教皇の2006年9月12日、レーゲンスブルク大学で行った講義に、端を発していると思います。多くのメディアが教皇を叩き、日本のカトリック新聞まで明らかに教皇を批判する編集をしました。
http://www.nomusan.com/~essay/jubilus2006/10/061011.html

しかし教皇のあの「本音」発言が、心あるイスラム教導者の心に響き、今回の会談実現へつながっていったと思います。そのような動きはインターネットで情報として流れており、今回の会談実現は十分に予測できることでした。本来はカトリック新聞こそ、そのような動きをキャッチし、伝えなければならないのではないでしょうか。

ベネディクト16世は「もっともキツイ本音」を語る故に、枢機卿時代から、他宗教・宗派から、もっとも信頼されている、と聞いたことがあります。そういうことは十分にあり得ます。私たちの仕事の世界でもそうです。

このことにつきましては、前に以下で発言しました。
司教様のお時間を頂くほどの文章と思いませんが、余裕のできましたときに、覗いてみて下さいませ。

http://www.nomusan.com/~essay/jubilus2006/09/060916.html
http://www.nomusan.com/~essay/jubilus2006/09/060918.html
http://www.nomusan.com/~essay/jubilus2006/09/060921.html
Re:あるカナダ家族の大晦日 by Heboko — last modified 2007-12-12 08:38
初めて偶然に通りかかってH.P.拝見しました。
また頻繁に見たいと思います。
Re:キリスト教の極致は見神 by kastuaki — last modified 2007-11-27 13:45
+ Pax Domini

鹿児島教区に所属する一信徒です。


「見神」とは、松下佐吉神父様もいい表現をなさいましたね。

私自身、佐吉神父様にお会いしたことは御座いませんが長崎
純心聖母会に所属する、佐吉神父様の姪のシスターと
は何回会いして佐吉神父様のお話を伺ったり、今井美沙子
さんが書かれた「松下佐吉神父様への手紙」を読むこと
によって、窺い知るぐらいです。

日々の生活の中で神を見失いがちな私ですが、「見神」の
心で聖心に適った生活を送って行きたいと思います。



Re:赤ちゃんポストに大賛成 by Maria Kolbe — last modified 2007-10-04 21:58
主の平和。
はじめまして、私は今年のご復活に洗礼を受けました。

私も、赤ちゃんポストに賛成なのです。
(こういうふうに言える場所を、お方を見つけて嬉しい限り!)
以前、子供らに多く触れることのあった職業についていた身として、また、悲しい思いをした事のある身として、小さな命に救いの手を伸べられるのなら、と思うのです。
・・・しかし、カトリックの病院でなければできないというのも、何だか変な気もします。私自身、慈恵という病院の名前を耳にしたとき、すぐに「カトリック系の病院だな」と思いましたから。

しかし、ここの院長先生はしっかりとした考えをお持ちのようです。
ご自身も信者さんでいらっしゃる・・・

私はまだ親にも、里親にもなれないような未熟者ですが、コウノトリのゆりかごで新たな命を得た子供たちが、健やかに育つことを祈っています。
また、ほんの少しですが、円ブリオに献金をさせていただいています。
これが子どもらの命につながるのなら・・・

子どもの実親と、子どもらの心に、平安がありますように。

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