ヤジローを考える
信徒の霊性をヤジローに見る
ここで言うヤジローとは、もちろんあの人。
1549年、フランシスコ・ザビエルを日本に連れてきた薩摩の人。
ヤジローは、アンジローもしくは半次郎という説もあるが、名前の読み方(音)には、余り興味ない。
むしろヤジローが果たした役割にこそ注目してみたい。
鹿児島市祇園の洲にあるザビエル上陸記念碑のレリーフ【写真】では、ヤジローは、キリスト(もしかしたらザビエル神父)を背負っている。
このレリーフが物語るヤジローの霊性とは・・・・・
私は、右隣に聳え立つ鳩胸のザビエル像(写真には入っていない)よりも、このレリーフが気に入っている。
どうひいき目に見ても、上陸記念碑はザビエル像より写真のこのレリーフが主役になっている。
これにもなにか意味があるのだろうか?
ハナシは急に飛んでしまうが、
第2バチカン公会議が宣言した信徒の霊性は、
- 世俗に生きる人として、
- 独自の様式で
- 神の国を追求する
というのがポイントだったように思う。
決して、司祭や修道者のような生き方(やり方)でなくて好いのだ。だってできないでしょ!
ということは、信徒は、世俗に生きる信徒ならではの独自の信仰に生きる、それでよし・・・
それでこそ、教会の多様性が生まれる・・・・のでは?
ヤジローのように人を殺めたことのある人が、聖人を日本に案内したという歴史を振り返ったとき、個人的にも、日本の教会にとっても、摂理の奥深さを感じる。
因みに、レリーフの作者は、フランス人芸術家・ルイ・フランセン師。中学1年の1学期間だけ教えを受けたことがある。1970年代、当時東京芸大の講師(もしかしたら助教授)だったフランセン師の東京・松原のアトリエを覘いたこともある。
今、どこにいるのだろう?
できれば、あのレリーフに込めた師の思いを直接本人から聞いてみたい。
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