葬儀のこと
Up one level葬式のスタイル
ずいぶん前に、沖縄のカトリック信者が経営する葬儀屋やすらい企画さんのホームページで、『沖縄では、火葬を先にしてから、葬儀・告別式を行う』、という記事を読んで驚いたことがある。
ところが、これは沖縄だけの特殊なケースではないらしい。
その筋の書物によると、業界用語で、『骨葬』『ナマ葬と』呼んで区別しているらしい。
つまり、火葬された遺骨を前に葬儀を行うのが骨葬・・・・
肉体を持った遺体を前に葬儀を行うのが、ナマ葬・・・・
私は、追悼ミサ以外では、ナマ葬しか体験がないので、骨葬の雰囲気が良く分からないのですが、日本全体ではその比率は半々とか。
どちらに馴染む馴染まないの問題ではなく、それぞれに歴史があり、葬儀の進行スタイルも独特だろうから、葬儀屋の端くれとして、これから『骨葬』のことも勉強してみたい。
- Category(s)
-
葬儀のこと
- The URL to Trackback this entry is:
- http://mr826.net/yz/Blog/060604-sogi/tbping
カトリック教会の葬儀
祭服と柩カバーの色は白が基本
鹿児島カテドラル・ザビエル教会で行われた葬儀は、この10年間ほとんどすべてに関わってきた。
そこで見た司祭の祭服と柩を覆うカバーの色は、すべて白だったように記憶しているが、他の教会の方と葬儀の色について話をすると、どうもピンとこないことが多い。
これまで、「葬儀の色は、キリストの復活にあやかる白だ」と信じて疑わなかったので、改めて確認すべく、儀式書を調べてみた。
手元にある儀式書は、
カトリック中央協議会が1993年5月30日に発行した『カトリック儀式書 葬儀』。日本カトリック司教協議会認可、日本カトリック典礼委員会編集となっている。
その6ページで、典礼委員長・地主敏夫司教は「本書は1992年度の日本司教協議会定例総会において認可され、使徒座認証の手続きがとられることになったもので、全国において共通に用いられる正式の儀式書である。」と書いておられる。
儀式書冒頭の緒言、第6番第3項(儀式書11ページ)に次の記述を確認した。あ~良かった。
- 祭服の色は、教会の葬儀が「キリスト信者の死の過越の性格をより明らかに表現する」(『典礼憲章』81)ものであるとすれば、白を使うことがもっともふさわしい。事情によっては、紫あるいは黒を用いることもできる。
また、緒言第10番で「葬儀に用いる祭具などについて」次のような記述がある。 (儀式書13ページ)
- ②十字架、聖書、復活のろうそく、はくふについて
- 十字架、聖書(神のことば)、復活のろうそく、白布(柩を覆う布)はいずれもキリスト者にとって救いのシンボルである。(中略)
- 白布は洗礼によって古い人を脱ぎ、キリストを着る新しい人となったことを思い起こさせる。
- Category(s)
-
葬儀のこと
- The URL to Trackback this entry is:
- http://mr826.net/yz/Blog/060704/tbping
村八分
村八分は葬儀と関係のある言葉だった
辞書によると、村八分は江戸時代に、村社会の掟を破ったものが共同体から除け者にされる罰として存在したそうだ。
現代のように、都市化された環境で生活をしていると、大方の場合、町内会に対してお陰さま!と言う意識はほとんどない。むしろ、煩わしいからと、自分のほうから接触を絶つことの方が多く、町内会という共同体の存在すら危うくなっている。
だから、村八分と言う言葉は、死語だと思っていた。
最近読んだ本によると、村八分は葬式と関係があるのだとか・・・・・。
村八分の元来は、罰として八分は交際を絶つが、二分は関係を維持する、という説だ。
- 一分は火事のとき・・・・延焼を恐れるため、みんなで消火に当たる。
- もう一分は葬式のとき・・・・ちゃんと送ってあげないと、死霊が成仏できずに彷徨って、村のだれかれに危害を及ぼすという恐れから、村人総出で弔う。
両方とも難を避けたいと言う消極的な理由ではあるが、古来の知恵に日本人の感性・霊性の豊かさを感じ、なるほどと頷いてしまった。
食事も喧嘩も八分で収めておかないと、後が大変なことになる。
ところで、北朝鮮はどうなるの?
あの国には八分という言葉と、それを支える霊性はないのだろうか?
- Category(s)
-
葬儀のこと
- The URL to Trackback this entry is:
- http://mr826.net/yz/Blog/060707/tbping
求めよ、さらば与えられん
神様には何でもお願いした方が良い
- 求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。(マタイ7.7)
- あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。(マタイ7.9)
- 魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。(マタイ7.10)
- このように、あなたがたは悪い者でありながらも、、自分の子供には良いものを与えることを知っている。まして、あなた方の天の父は、求める者に良い物を下さるにちがいいない。(マタイ7.11)
昨日今日手伝った葬儀で、聖書のこの言葉が実現したことを実感した。
亡くなった方本人は信者ではなく、他の家族は洗礼を受けた信者ではあったが、事情でしばらく教会を遠ざかっていたらしい。・・・・・<中略>・・・・・
教会には距離を置いていたはずの家族が・・・・教会で葬式をしてもらいたい・・・と、願った。それも、ごく遠慮がちに・・・・。でも心底から強く望んでいたらしい。
その願いが、いつしか友人に伝わり、教会共同体の数人の仲間を動かした。そして司祭がうごき、みんなが動いた。私にはそう見えた。いい葬式だった。
突然見舞われた最悪の事態が幸いしたのかどうか、それは知る由もない。
神はいつもそこにおられる!
- Category(s)
-
葬儀のこと
- The URL to Trackback this entry is:
- http://mr826.net/yz/Blog/060714/tbping
棺と柩の違い
二通りのひつぎ
どちらも「かん」「ひつぎ」と読む。そう、葬儀につきもののあれ、棺おけ、ひつぎこと。
だが、棺と柩には、ちゃんとした違いがあるそうだ。出典は最近読んだ二村祐輔著の「お葬式とお墓の知恵」。(実は仕事で付き合いのある葬儀社からいただいたもの)
さて、皆さんは違いが分かりますか?
ヒントは、納棺、入棺・・・・・柩カバー
もう、分かってしまったかな?
私が持っている集英社の国語辞典(3200円)ではその違いが書かれていない。
二村氏によると、カバーがかかった状態、つまり遺体が納められた状態のものが柩。
それに対して、納まっていない状態のものが棺。だ、そうな・・・・・
日本では、いつごろから棺おけに納めて地中に埋める葬法が庶民の間に現れたのだろうか?
二村氏によると、葬という漢字は、死の上と下に草冠がついているんだそうな。つまり、草(むら)の上に死体を置き、その上に草をかぶせた状態を表しているとか。
う~~む。
怪談やお化け屋敷で涼を求めた昔を懐しく思い出しながら・・・・・
暑い夏の夜、冷房の温度を少し高めに設定して、葬送文化の移り変わりにも思いを馳せてみたい。
- Category(s)
-
葬儀のこと
- The URL to Trackback this entry is:
- http://mr826.net/yz/Blog/060726/tbping
葬式の季節が始まった
冬は夏の倍の件数?になる
4月に3件の葬式を手伝って以来、7月に1件あっただけで、その後は10月に1件だった葬式がまた増えだす気配。
火曜の夜、神父さんから万が一に備えるようにと指示を受け、水曜日に家族と一応の打ち合わせを行い、これでしばらくは小康状態を保つかと見られた老人が夕べ旅立った。
これから通夜、明日午後、葬儀・・・・・
実は、昨日の朝、珍しい時間帯に携帯電話が鳴ったので、もしや?・・・・と思ったら、全く別の初めての方。
用件を窺うと、ご主人のことで、万一に備えて事前に話し合いをしたいと言う。
「差し迫っているのですか?」と聞くと、
「そこまではないのですが・・・・」ことばを濁すところが奥ゆかしい。
この方とは、来週早々に、お会いすることにした。
葬式は、冬季は夏季の1.5~2倍くらいに増えるのが常。
天国への旅立ちのお手伝いとはいえ、サビシイ季節の始まりだ。
- Category(s)
-
葬儀のこと
- The URL to Trackback this entry is:
- http://mr826.net/yz/Blog/061111/tbping
2度あることは3度ある?
まさか、今週はないだろう!
水曜日に葬儀の相談を受け、万が一に備えて24時間スタンバイを覚悟・・・
金曜日の夜に、「今さっき、息を引き取りました・・・・・」
「えっ、あ、そうですか。すぐ手配いたします。」
こんなやり取りが2週連続して起こってしまった。
2回とも土曜日の午前早々、遺族・教会・葬儀社(火葬場を含む)の日程調整。
結果、土曜日通夜、日曜日午後1時葬儀ミサ・告別式と相成った。
2件ともほぼ平均寿命であったためか、格別の悲しみや混乱を伴うこともなく、葬儀は、スムーズに流れたはずだが、なんとも奇妙だったのは、私の日程。
金曜日、以前から誘いを受けていた恩師から、「土曜日の夜に一緒に食事をしたい」とのメール。
「実は、もしかしたら・・・と案じる方がいるので、そのときはドタキャンをお許しください」との条件付で約束した数時間後に、訃報が・・・。
翌日丁寧にお詫びして、「そのうちに、また」ということで終わった。
ところが翌週も、同じ恩師から金曜日に、「明日の夜はどうか?」とのお誘い。
まさか2週連続の訃報はあるまいと思いながらも・・・
「実は今週も相談を受けた方がいますので、まさかとは思いますが、そのときはお許しください」
不安は、見事に的中してしまった。
- Category(s)
-
葬儀のこと
- The URL to Trackback this entry is:
- http://mr826.net/yz/Blog/061120/tbping
土曜日はまたしても通夜
葬儀にからむ接待は実現するか
先週と先々週、2週連続で金曜日に訃報があり、土曜日通夜を手伝ったことを書いたが、今日はその3回目の金曜の夜を迎える。
今夜はまさか、絶対、訃報はあるまい・・・・
そう思って、これからゆっくり風呂に入ることにしよう。
でも待てよ、昨日と今朝舞い込んだ知らせはなんだったっけ?
そうだ、忘れてはならない。
明日も通夜だ。
昨日、『鹿児島在住の同郷の先輩が急逝した』との知らせが郷友会の連絡網で回ってきてた。
今朝も「○○に知らせたか」と確認の電話が入ったではないか。
知らせによると、気分が悪くなり、自分で救急車を呼んだが、救急車で運ばれる途中息絶えたらしい。まだ60代前半だ。
明日土曜日通夜、日曜日葬儀はこれまでと同じ。
ただ私が準備に関わらなくてもいい点だけは、天地の違い。
この方、実は絵手紙のアキラさんのいとこ。
また、かつて「土曜日の男」を担当したショーの従兄弟でもある。
アキラさん、ショーも帰ってくるのかなぁ?
葬儀の心をよそに、接待の手配を先に考えてしまう自分がいた。
- The URL to Trackback this entry is:
- http://mr826.net/yz/Blog/061124/tbping
