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良心の糾明

by yaziro last modified 2006-01-25 17:13

時々手足を休めて、自分をじっくりと見つめることは、心の充実に大変役立ちます。

いやしをもたらす『ゆるしの秘跡』(カトリック教会)の準備プログラムの一部を紹介します。これを を参考に、自分を振り返ってみてはいかがでしょう。カトリック信者でない方にもきっと役に立ちます。----カトリック教会の「祈りの友」から抜粋

反省の前の祈り

「神よ、深い淵からあなたに叫び、嘆き祈るわたしの声を聞いてください。あなたが悪に目を留められるなら、主よ、だれがあなたの前に立てよう。しかし、あなたのゆるしのために、人々はあなたをおそれ尊ぶ。神はわたしの希望、わたしの望み、わたしは、そのことばにより頼む。神は豊かなあがないに満ち、いつくしみ深い。」(詩篇130)

良心の糾明---自分の生活を省みよう

Ⅰ.神のみ前でのわたし

わたしは神に生かされ、愛されている

    • わたしは神である父に信頼していたか
    • よろこび、苦しみ、すべてを神の賜物として受け入れていたか
    • 神に祈っていたか、絶望したことはなかったか
    • 主キリストの弟子として、キリストを愛していたか
    • さまざまの苦しみを自分の十字架として担ったか
    • 聖書を読み、また、主キリストの教えを学んだか
    • 聖霊の導きを信じていたか
    • 聖霊の働きに心を向けて祈ったか
    • その他、わたしのキリスト者としての生き方はどうだったか 

Ⅱ.わたしの身近な人々に対して

人はすべて神の子である。それゆえ、わたしたちは互いに兄弟なのである。それなのに、わたしは人に対してどうだったか

    • 両親、祖父母に対して、子供・孫に対して
    • 夫(妻)に対して、同居の人の対して
    • 近隣の人々に対して。友人に対して。仕事で一緒に働く人に対して。学校の先生、学友、その他の人々に対して
    • 通勤、通学、買い物の途中、そのほか、折々に出会った人々に対して

Ⅲ.社会の中で

わたしの生きているこの世界は、神である父の愛のわざである。そこに生きているにもかかわらず、無関心で自己本位ではなかったか

    • 社会の正義、平和などについて、福音的な態度であったか
    • 特権意識、差別思想などを持ったことはなかったか
    • 不当な利益を得たり、不当な暴力や抑圧を行ったことはなかったか
    • 富、名誉、才能、地位、学歴などを誇ったり、それに執着したことはなかったか
    • 欲望のままに振る舞い、生活したことはなかったか
    • 弱い人、病人、老人、孤独な人に対してどうだったか

Ⅳ.教会とわたし

わたしは召されて教会の一員となった。わたしと教会とのかかわりはどうだったろうか

    • わたしは、イエス・キリストの建てられた教会を愛していたか
    • 同じ信仰に生きている人々に対してどうであったか
    • ミサをはじめ、秘跡に関しては
    • 所属の教会での責任については

回心

罪のゆるしのためには回心が必要。『回心とは、罪を捨てて神に立ち返ること、自分の生きる方向を神に向け直すこと、自分の生きる姿勢、視点をイエス・キリストの姿勢、視点に転換すること』=カトリック教会の教え215ページ=とカトリック教会では教えています。













   
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