待降節第1主日
2006年12月3日(待降節第1主日)・・・自分のありのままを・・・
待降節第1主日=C年(ルカ21.25~28、34~36)
今日から待降節。典礼暦もC年に入りました。いわば新年です。そして、神がどのようにして人間を救われようとしているか、その救済史が典礼を通して新たに始まります。
「徳田前議員難病を告白」の見出しで、全身の筋肉が動かなくなる進行性の難病、筋委縮性側索硬化症(ALS)にかかり闘病中であることを、告白したという記事が出ていました。(南日本新聞2006年11月30日朝刊)徳田虎雄氏(68歳)は、「駆け出しの患者です。人生は苦しいことが多いほど豊かになる。神はぼくをもっと幸せにするためにこの病気を与えた」と言って、笑顔を見せた、というのです。しっかりと病気と相対しているなと感じました。同時に、病気にかかる以前とは違った「生きる」事へのこだわりが出てきたのかなと思います。置かれた現実があまりにも違い、それでも命があるという今の自分に、新たな希望、飢えを覚えているのではないかと感じます。
「無いものねだり」をすぐにしたくなるのは人間の現実ですが、人生はいばらに満ちた苦しいものであるという現実に目をつぶるわけにもいかないのです。人生に躓きを覚えると、悲壮感、自己嫌悪に陥ってしまいがちになりますが、決して諦めてはいけないのです。人間の力ではどうすることもできないことばかりでも、頭を上げて、神を仰ぎなさいとイエスさまは言われます。
人間のもろさ、悲哀を一手に引き受けてくれる力強い神がいるじゃないか、と励ましてくださいます。
わたしたちは、人とのふれあい、出会いを通して豊かになりますし、反面、落ち込みもします。したがって、幸せ、喜びと不幸、悲しみは隣りあわせといってもいいでしょう。わたしたちは決して悲しみを求めていません。喜び、幸せを希求します。この望みは、幸せでも、不幸の状態にあるときでも同じです。同じような望みを持ち続けるためには、己の人生のありのままを容認することから始まるのではないでしょうか。徳田虎雄氏がそうであるように。そこから、また新たな希望、飢え渇きが生じ、それまでとは違った生き方を発見させていただけるでしょう。
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