復活節第3主日
2007年4月22日(C年)-今、再び弟子として-
復活節第3主日(C年)ヨハネ21.1~19
タクシーを利用しますと、車内にはその車の運転手さんの名前が紹介されています。あるタクシー会社の車には、運転手さんの「趣味」も紹介されています。それによって互いの会話が弾むことがあります。先日の運転手さんの趣味は「魚釣り」でした。あくまでも趣味なので、運転手さんがおっしゃるには釣れない日はまた次があるさ、といって慰めるのだそうです。
それでも、一つのこだわりがある、といってました。錦江湾は鯛の宝庫といわれるだけあって、鯛釣りにこだわるそうです。それもできるだけ大きいものを狙うのだそうです。「しかし、なかなか釣れませんね」と。
わたしは同じ趣味ではありませんが、話題を展開してくれるのは運転手さんのほうです。新たな魚釣り人の思いを知ることができます。鯛は100メートル前後のところを泳いでいるとか。餌をつつきはじめても、引き上げるタイミング合わせがむずかしいのだそうです。しかし、このことが楽しいとか。
趣味のレベルで漁をするのはリラックスするのに良いでしょうが、仕事として生計を立てる方には、不漁はそれこそ大ダメージです。精神的にも肉体的にも落ち込んでしまいます。まさに、今日のペトロたちはそのような状況にあったのではないかと想像します。
イエスさま亡き後、ペトロたちはガリラヤに帰りもとの仕事漁師に戻っています。そうした日常の仕事の真っ只中で、新たに「人をすなどる」弟子たちに変えさせられていきます。その始まりであったガリラヤにおける最初の「召し出し」の体験を、再び味わうのです(ルカ5章1節~6節)。この召命で弟子たちはイエスさまについていくようになりました。
今回は「使徒」として確固たる人間を生きるように、イエスさまの“仕上げ”の仕事がなされたのです。ペトロは自分の弱さ、醜さを直視し、「あなたがすべてをご存じです」とイエスさまのあわれみのゆえに再生されていきます。いつになっても、自分の弱さを担い、ゆるしを願い続けていけるのは、そうなさったイエスさまがいらっしゃるからです。そのイエスさまをじっくりと感じてみましょう。
- カテゴリ
- 聖週間と復活節
- 固定リンク
- ¦
- コメント (0)
- ¦
- トラックバック (0)
- トラックバック用URL:
- http://mr826.net/yz/seisyo_message/message/070422/tbping