年間第22主日
2007年9月2日(C年)-そのままで-
年間第22主日(C年)ルカ14.1、7~14
「百聞は一見に如かず」という言葉があります。先の太平洋戦争で玉砕戦を強いられた戦場を訪問する機会をいただきました。ソロモン諸島の首都、ホニアラです。この町はガダルカナル島(ソロモン諸島で最大の島)にあります。想像していた状況とはかなりの違いがあります。
現代だからこそ、飛行時間7時間そこそこでいくことができますが、当時はどうだったのでしょうか。ある方の話ですと、戦後60余年、この島は飛びぬけて発展したとはいえませんね、ということでした。島の大きさは東西160km、南北48kmで、ソロモン諸島全体が四国の1.6倍の大きさです。島を一周する道路はありません。
ここに生活する人を拝見しますと、のどかで、平和な社会だなと感じます。それを物語ることとして、首都でありながら、信号が一つもありません。これは信号機に操られている(?)日本人の偏見かな!?民族の違い、文化の違い、おのずと発想・感性の違いはあります。一番感じたのは、「美」に関する感性です。これは色の感性、整理整頓の感性を含みます。あくまでも「違い」であり「差別」ではありません。現地に生活すれば、自ずとそれらが「あたりまえ」となっていきます。要は「裁かない」ことです。この感性が「本物」を見誤らせます。
イエスさまも当時のイスラエルの人たちと闘いました。まず、固定観念を持ってやたらと人々を「裁く」指導者階級との対立。自分を立派な生き方をしているものとして位置づけている人々とのたたかい。同じ民族間ですらこうした軋轢がありました。その裏にあるものは、俗なる言い方をしますと「利権争い」であるといえます。「誰が一番偉い」かということです。そういうことを物語るできごとが「招待客」になるということでしょう。
今日の話はまさにこのことを伝えています。「あなたを招いてお返しをするかもしれない」(12節)人を招待するな、といわれます。招待合戦の中に人間の業が見え隠れするからです。ソロモンの人たちには平和で、楽観的で、開放的な生き方が似合っています。ホテルも入り口の扉がありません。教会も窓もなく、24時間開いています。犯罪がない(?)国かもしれません。自国の警察もなく、最近地元の警察官がいるようですが、とても親切で道を聞いただけで、「歩くと遠いからタクシーで行きなさい」といって、タクシーの運転手に説明してくれました。彼らに「奉仕する」ことの実際を見た気がします。「助かりました」といって、こちらが安堵した表情を見て「マイプレジャー」(こちらこそ嬉しいですよ)といって握手をして別れました。
こうした気持ちのよい支えあい、助け合いの積み重ねが人と社会を変えていくのでしょう。ごく卑近な話です。婚宴も通常ある出来事です。謙虚に生きていきたいですね。
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