復活節第4主日(A年)
2008年4月13日(A年)-砂漠と神 -
復活節第4主日(A年)(ヨハネ10.1~10)
「かつては砂漠を遊牧していたべドゥイン人が定住生活を始めました」と言うのは、現地ガイドを務めるモハメドさんです。ただでさえ人間が住むことをゆるさない厳しさがある砂漠です。羊たちにとっても住めなくなる場所と化してしまいました。これまた「地球温暖化」の波が押し寄せてきたのでしょうか。
このたびエジプトとイスラエルを巡礼する機会をいただきました。聖地には何回行っても、いつも新しい何かをいただいてきます。一日中砂漠の中を走り続けました。もちろん(?)バスで。これだけでも気分的にうんざりしてきます。休憩する時間と場所があるということがわかっているので、耐えることもできます。
かつてのイスラエルの人々は、どのような思いでこの道を「歩いた」のだろうか、とふと思ってしまいました。そこから出てきたわたしの思いは、その歩みは「命がけであった」ということです。水もない、食べ物も十分にない砂漠にあって、最後に頼るべきものは、・・・?「金の子牛」でした。自分より「大いなるもの」、悲惨な状況にあって「それでも慰めをくれるもの」でした。人間生きるか死ぬかの究極の心の砂漠に立つと、自ずと「神」に向かう存在のようです。「苦しいときの神頼み」であって、「苦しいときだけの神頼み」ではないのです。
砂漠をさまよう羊の群れには、必ず羊飼いがいます。羊たちは羊飼いについていきさえすれば安心なのです。自分たちは(羊たち)選択肢を持たないからです。人間には選択する能力があります。羊たちには、一度選択したものを変更することもできません。人間は平気で変更します。それでも「自分の羊をそれぞれの名で呼んで連れ出す」(3節)ので、新たな変更に対しても安心してついていきます。ですから、羊飼いの歩みは、羊とともに「命がけ」です。
先のべドゥイン人が定住生活を始めたのも、自分たちの生活もあるでしょう。しかし、どこかに羊たちへの思いやりもあるのかな、と思ったりもします。そのべドゥイン人の一人が、シナイ山の山登りの案内役を務めてくれました。真夜中の1時30分に登り始め。懐中電灯の明かりだけが頼り。周囲は何も見えません。彼は電灯を持っていなかったのでは、・・・?体が覚えているのかな。頂上につく頃に辺りが見え始めました。険しい山でした。4時間近くの登山でした。2,380メートルのシナイ山。
モイゼの苦労、イスラエル民の思い、双方の立場がわかった(?)様な気分になりました。頂上に立ち、静かに「万歳」でした。気分爽快!
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