年間第12主日(A年)
2008年6月22日(A年)-世直し隊-
年間第12主日(A年)(マタイ10.26~33)
「『今どきの若者』は、言われたことはしっかりとできても、自己発想による創意工夫がない」とよく言われます。いわば、挑戦心が乏しい、というより失敗することを「恐れている」様な気がします。その若者が会社という大きな組織に属している場合、上司との関係も影響してくるのかもしれません。
「部長は自分の思うとおりにことが運ばないとめっちゃ怒るしなあ~」となると、あえて挑戦したくなくなるのでしょう。本来、上司は部下の人がたのしく、安心して働くことができるように配慮していき、結果としてしっかりと目的を達成できるような存在であることが大事なようです。今の日本社会では無理なのでしょうか。仕事の結果も大事ですが、結果に至る経過をも見逃してはいけないような気がします。
また、万事うまくいった時その結果を「やっかむ」人もいます。順風満帆とはなかなかいきにくいものです。
大人も子どもも同じです。安心して自分がいられる場所を確保できたときに、仕事の面でも、人間としての面でも成長できます。
イエスさまの弟子たちの仕事は「宣教者である」ことでした。その仕事は、キリストの言動の事実を語り、人々に生きることへの関心をたかめ、より人間らしく生きるように励まし、時には個人や社会の「常識」に抵抗するやも知れないメッセージを伝えなければいけませんでした。「世直し隊」でもあったわけです。
となると、多くの人々から拒絶され、遠ざけられ、敵意をもたれることもあり得ました。真実を語っても、「やっかむ人」、抵抗のための抵抗を平気でする人々がいたのも想像することはできます。事実そうでした。
こうした状況の到来を予測して、イエスさまは今日の福音にあるように、まずは弟子たちを元気付けます。「やる気」を出して欲しかったのです。すべての宣教者が辿る道でもあります。したがって、会社に出る前、宣教者として派遣されることの自覚を持ち、やる気を出せるように主に祈ること、大事です。主は励ましてくれるはずです。めぐみが形になってわたしたちに感じられるのは、出来事が終わった後です。なので、できごとを注意深く振り返ってみますと、「神の働き」を感じることができます。
その時、自分の弱さを十分に知り、認める中に主はおられます。うまくいかなかったからといって、他人のせいにするのは主のめぐみを拒絶することに等しくなります。「主のめぐみはわたしの弱さの中でこそ十分に発揮されるからです」-コリント後の手紙12章9節-
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