年間第22主日(A年)
2008年8月31日(A年)-ばんざい魂-
年間第22主日(A年)(マタイ16.21~27)
「むかしの日本人は大和魂、今の日本人は金騙し」といって日本人を皮肉るのは、かつて日本軍の手伝いをしていた親日家サイパン人の現地ガイドさんです。今でも、いくつかの場所には第二次世界大戦の傷跡をみることができます。特に有名な場所が、「ばんざいクリフ」といわれている場所です。
島の最北端に位置する岬がそこです。日本軍が追い詰められた結果、民間人(女、妻子)を含めた日本人が、「天皇陛下ばんざい!」といって自殺を図ったといわれている岬です。このような説明をしていた先のガイドさんの横を、日本の若者が「なんとくだらん話」といって通り過ぎたとのこと。そのときに口をついて出たことばが、冒頭の皮肉だったのです。皮肉というより、彼の本心だったのかもしれません。
戦争は国と国との喧嘩です。規模が大きいだけに統率する人への忠誠が大事になります。その方に心酔しなくては命を投げ出す覚悟は生まれないでしょう。この岬にまつわる別の話もあります。攻撃をしていたアメリカ軍の兵士たちが、異常な光景に気づき、攻撃をやめて救いに向かったそうです。「そんな馬鹿なことはやめなさい」。救助に当たり、あまりにもひどい光景を目の当たりにした若い兵士たちの多くが、精神異常をきたし、病にかかって余生を送っているとのこと。これまた悲しい事実です。やはり戦争はいただけません。
2000年前にも、一人の人に心酔する若者のグループがありました。いうまでもなく、イエスさまとその弟子たちです。できることならば、恩師の不幸を見たくはありません。ペトロのイエスさまへの発言は、人間的に見ればうなずけます。「主よ、とんでもないことです。そんなことはありません」(22節)。自分たちが生きている基盤を失うと、自分の存在すらも危うくなるからです。
戦時中の日本人が「自殺行為」に走ったのも、いうなれば、自分たちの存在価値を何かの形で残したかったのではないか?アメリカ人たちにすれば、何の価値も見出すことができなかったので、救いに走ったのでした。そこには価値観の違いが鮮明です。
イエスさまと弟子たちの間にも、価値観の違いが明らかです。価値観のせめぎあいが表現されています。弟子たちは何の反論もできません。だからといって、イエスさまの言っていることが皆分かったかといえば、「分かっていなかった」といったほうが妥当でしょう。わかっていないからこそ反論できないのです。
わたしたちも、失敗と成功を重ねながら成長していきます。弟子たちの成長ぶりがそのままわたしたちの生き様でもあります。「大和魂」ならぬ「真理魂」で互いの不足を補い合って生きていける共同体を目指しましょう。
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