年間第27主日(A年)
2008年10月5日(A年)-欲と強欲-
年間第27主日(A年)(マタイ21.33~43)
人間が足を踏み入れたところは、なにかとすべてが人工的になり、強固な土台が崩れていくような感じがします。自然界にして然り。生物の世界にしても同じ。その生態系が狂ってきたといいます。なんといっても致命的なできごとは、地球の「温暖化」現象でしょう。これは宇宙規模で「生態系」がおかしくしてきました。やはり、人が絡んでいます。それも、人の中に潜む「欲」から出たもののようです。
この「欲」は変化をもたらし、いろんな分野で新たな事実の発見、発明をもたらしてくれましたが、発展ばかりを見つめてきた結果、失ってきたものに気づかなかったのです。大いに反省すべきことですが、時すでに遅し(?)でしょうか。このことで、人の心理、意識も変化しつつあります。「アイドリング停止運動」なるものが始まった市町村があるやに聞きました。マスコミでは、節電、CO2排出削減のノウハウが報道されています。一億日本人の知恵が試されている時期でしょうか。
つまり、人は自分が置かれている状況によって「欲」に変化が起こり、その人が変わっていくということです。最終的に選択するのは人間ですから、良いも悪いもすべて、人にかかってきます。
今日の福音はそのことを語っています。農夫が置かれていた当時は、外国人に支配され、わずかな賃金で暮らさざるを得ない状態でした。もともとは自分たちの土地。取り戻すために暴動が起きていたといいます。
こうした状況に追いやられている農民たちの心情について、イエスさまは触れていません。その残虐さが問題なのです。つまり、今話している相手「あなたたち」の中に、その残虐さがあることを指摘しているのです。
通常は立派な生活をしている当時の指導者階級、しかし、それは「仮面」で覆われていて、真の姿を見せてはいないのです。あの農民たちとは置かれている状況は大いに違いますが、心の中は「強欲」満ちている、と指摘なさいます。
わたしたちはどうでしょうか。道徳的に良いか悪いかで振り返るよりも、人間本来の心に注目してみるのがよいでしょう。つまり、人が喜ぶこと、人が助けられてよかったと感じること、実に素朴なできごとです。
また、否定的な言い方になるかもしれませんが、自分の心のどろどろした「欲」に気づくとき、「おごり」はなくなるのではないでしょうか。
わたしたちには絶えず、回心することが求められています。そのような人が増えれば、おのずと人が生きる環境も変わり、人間全体がそれに「感染し」過ごしやすい社会に、地球になっていくでしょう。理想で終わらせてはいけないのです。
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