年間第28主日(A年)
2008年10月12日(A年)-期待と落胆-
年間第28主日(A年)(マタイ22.1~14)
中国製食材への異物混入事件が後を絶ちません。意図的な広がりもあり、日本人の食に関する安全性が揺らいでいます。「食」は毎日のことですから、何を根拠に安全性を確保すればいいのか戸惑います。意図的に販売していた業者は、健康被害はないとしても、「製品回収」だけでことがすむのでしょうか。その被害は(事故米を含む)31億円だとも報道されています。お金の被害よりも、人が受けた心理被害のほうがはるかに大きいと思いますが、・・・・・。
子どもが巻き込まれる事件事故が起きると、子どもの「心のケア」が問題になります。こうした事件も後を絶ちません。大人にとっても同じことが言えます。買い物に行けない方々がいるやもしれません。受身で、弱い立場にある人はいつも追い込まれます。
この「心理被害」はその人の期待が大きければ大きいほど、それに比例して深刻なものになります。送り手(業者)と受けて(消費者)の間は、「信頼」の糸でつながっています。疑いもなく消費者は安心しているのです。その気持ちを逆なでするような対応(?)がなされると、信頼度の大きさに比して、ダメージが大きくなります。
今日のみことばのメッセージは、それと同じような内容を含んでいるようです。王子の結婚披露宴に人々を招待する王のはなしです。肉親としてはたくさんの方に来ていただき、しあわせな将来をともに祝い、楽しい宴にしたい、との気持ちは、現代とそう変わることはないでしょう。そういう親の気持ちとはうらはらに、招待された人々は次々と故意に断りを入れます。その理由が王にとって気にくわないのです。ふつうの人々にとって関心ある現実とは、確かに生活です。仕事をして金を稼ぎ、安定した生活を送ることです。断りの理由はまさにそれでした。他者に侵害されたくないのです。だからといって、殺人を犯すことはなかったと思いますが、ファリサイ派の人々とイエスさまの関係が険悪であったことを証明しているのかもしれません。したがって、軍隊を送るまでもないことですが、王は「仕返し」をします。王の落胆さがにじみ出ています。
神の招き、語りかけに対して、故意に断る人がいれば、無理やり(?)招き入れられた人々もいました。礼服を着けていない人に対して、「外の闇に放り出せ」(13節)と王は言います。その人々は「そんなに言われても、いきなりじゃどうしようもない」と言いたくなります。日ごろの生き方が関係してくるのです。神の招きを感じても、知らない振りをしているとこうなりますよ、というイエスさまの呼びかけです。
もっと注意深くありたいですね。わたしたちは絶えず声を掛けられているのですから。神は静けさの中にいらっしゃいます。周囲がうるさいと(世のことがらにのみ、とらわれていると)その声を聞き漏らしてしまいます。
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