年間第2主日(B年)
2009年1月18日(B年)-無駄にしないために-
年間第2主日(B年)(ヨハネ1.35~42)
ある人が言いました。「今の子どもたちはかわいいそうだ。好奇心の旺盛な子どもたちなのに、冒険することがゆるされない」と。確かに世の中の風潮が変わりました。特に、学校ならびに公園での事件事故は、すぐに訴訟問題に発展します。現場の教師は、いうまでもなく、予防策をとります。つまり、子どもたちの「何かをしたい」意欲を、不本意ながらそいでしまうことを余儀なくされます。どこが「のびのび教育」なのだろうと思ってしまいます。「脅迫教育」「管理教育」「罰則教育」、どれをとっても子どもにとっては逆風です。子どもたちの中に秘められた能力、神秘は、大人にとってはある意味で「邪魔もの」になってしまっています。むしろ、その中に入っていくだけの勇気が、大人には求められるのではないでしょうか。
イエスさまの誕生、それに伴う羊飼いの訪問、東方からの博士たちの来訪は、幼子イエスさまの置かれた現実(貧しさ)への参与を意味します。幼子イエスさまのところへ、不思議なしるし(天使の出現、星の導き)によって案内された彼らにとって、その行為は一種の冒険でしたし、挑戦でした。社会的に貧しいとされていた羊飼いたちは、恐れと驚きを隠せません。「異邦人」の博士たちにしても、未知の世界に身を投じることになりました。世間の評判よりも、「よろこび」のほうが勝っていたのでしょう。彼らの心の純粋さが、清らかさが証明された招きであったといえます。イエス誕生の神秘の中に入り込もうとする彼らの心意気が、彼らを駆り立てたのです。
外見はか弱い幼子、無力な赤ちゃんなのに、その中に、偉大なメッセージを読み取ることができた彼らと同じように、今日の福音ではヨハネの弟子たちが招かれます。イエスさまの誕生は、当時のユダヤの人々の、普通の子どもの誕生となんら変わることはなかったと思います。そして、普通に成長していきました。外見上は普通であっても、ヨハネはいち早く、その中にメシアとしてのイエスさまを見ていました。この洞察力が弟子たちをイエスさまへと向かわせたのです。ヨハネは自分の弟子たちに「見よ、神の小羊を!」といって紹介します。
弟子たちは、「付いて行った」(37節)のです。そして、イエスさまのもとに「留まった」のです。さらに、他の弟子たちに見たことを「広め」(紹介)ます。
人間、確信がないと他者に人を紹介することができません。留まって検分し、安心感を持って次のステージに上ることができます。あくまでも、自己体験が大事です。他者からの「紹介」「招き」に対して、それを無駄にしないためにも、挑戦心を刺激したいですね。
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