四旬節第5主日(B年)
2009年3月29日(B年)-自己隠し-
四旬節第5主日(B年)(ヨハネ12.20~33)
W.B.C.で日本チームが優勝しました。報道によりますと、日本、韓国では盛り上がりがあったとはいえ、現地アメリカでは大学のバスケット大会があり、もっぱらその放映がなされていたといいます。プロ選手が金にならない(?)試合のために、全力を尽くすこともないだろうと、思っているのか。金をもらってチームで試合に臨むのであれば、体が大事なので、所属チームの本番に備えたいと考えたのか、国民性の違いがはっきりと出た大会になったような気がします。
日本チームの中で話題の中心になったのが、イチローでした。結果が良くても悪くても毎回ニュースになっていました。優勝後のシャンパン祝勝会で、「日本のために頑張りました。ありがとうございました」と興奮気味に語っていたのが印象的でした。
“For The Team”全員野球で勝ち取った優勝である、と王貞治氏もコメントしています。もっと投げたい、もっと長く出場してみたい、というわが思いを捨て、指揮官の指示にしたがって動いた21日間でした。結果がよければ指揮官はほめられるし、悪いと非難される世界にあって、原監督もわれを捨てて臨んだのではないでしょうか。選手お互いが自分を捨て皆とともに、自分の力を出し切った大会でもありました。だから美しいのでしょう。できばえがよかったのでしょう。
自分の体験、知識にこだわり続ける限り、その人の力そのものも発揮されないままに終わることだってありえます。自己犠牲が伴ってこそ、お互いが生かされるものです。今日の福音の「一粒の麦」の話も、このことを語っています。つまり、イエスさまの死の意味が語られています。
一粒の麦が「死ぬ」のではありませんが、形を変えて変貌していきます。「自我」を隠し通してこそ、本来の豊かな麦となっていくのです。一粒のまま残っている限り、育つことはありません。土の中に隠れ、姿を見せません。そして、その姿を見せるときは、立派な麦となって人々の生きる糧となっていきます。
40年位前、鹿児島で玉子焼きを食べました。その味の甘さにびっくりしました。「かくし味に砂糖を使っています」との説明でした。かくし味とはどんなものか?砂糖の味がするとは、かくし味どころか「おもて味」ではないか、と言ってしまいました。砂糖自身の「自己主張」がしっかりとなされているのです。
イエスさまの死は、まったくの「自己隠し」でした。それで多くの人が救われたのです。その動機になったのが、」御父の「人類救済」計画でした。「この時のためにこそ、わたしは来たのである」(27節)。そしてたどり着くところは「父よ、あなたの名を栄光あるものとしてください」なのです。
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どうしたら、自分を忘れられるだろうとよく思います
そう思っている時点で、自分にこだわっているのでしょうね
自分で自分を隠していることさえ気がつかないほどに
自分を忘れたいです
ありがとうございました〇