堅信の秘跡のカテケージス

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堅信の秘跡のカテケージス

カテゴリー 折々の想い 公開 [2015/05/15/ 00:00]

今月24日は聖霊降臨祭であり、過越の神秘の恵みを受けて教会が公式に出発した日である。こうして、わたしたちは、聖霊と教会の時代に生きているわけだが、信者にとって聖霊降臨ともいえる堅信の秘跡は極めて重要である。

『カトリック教会のカテキズム』(n.1285)は堅信の秘跡について次のように教えている。

「堅信の秘跡は、洗礼、聖体とともに“キリスト教入信の秘跡”を構成するものであるから、三秘跡は一体でなければならない。したがって、堅信の秘跡を受けることは洗礼の恵みを完成するために必要であるということを信者に説明しなければならない。事実、“堅信の秘跡によって信者はいっそう完全に教会に結合され、聖霊の特別な力で強められて、キリストの真の証人として、言葉と行いをもって、信仰を広めかつ擁護するよう、いっそう強く義務づけられる”(教会憲章11)」

これで明らかなように、堅信の秘跡は洗礼の秘跡の恵みを完成して堅固にする秘跡である。「堅信」と訳されているラテン語はconfirmatioであるが、それは、洗礼を批准してキリスト教入信を完成すると同時に、聖霊の果実そのものである洗礼の恵みを強固にするという二重の意味がある。洗礼によって始まる教会の交わりと使命は、堅信によっていっそう強化されるのである。

それ故、堅信の秘跡を受けるための適切な準備、すなわち堅信の秘跡のカテケージスは重要であるが、その中心は、洗礼の約束の更新、教会への所属、教会の使命への参加、の三点を確認しなければならない。ここにはごく簡単に要点だけを説明する。

1-洗礼の約束の更新

これは、悪霊の拒否(放棄)と信仰の宣言である。洗礼は、悪魔の支配から脱出して神の国(神の支配)に移ることだからである。したがって、洗礼の恵みを生きることは、生涯、悪霊との霊的戦いを意味することを忘れてはならないだろう。

2-教会への所属

教会とは、キリストのもとに、聖霊によって一つになるよう呼び集められた神の民である。第2バチカン公会議は、「神は人々を個別的に、まったく相互の連絡なしに聖とされ救われることではなく、彼らを、真理に基づいて神を認め忠実に神に仕える一つの民として確立することをよしとされた」(教会憲章9)と述べ、その教会は「人間的要素と神的要素とからなる複雑な一つの実在を形成している」(同上8)ことを明らかにし、「位階制度をもて構成される社会とキリストの神秘体、見える集団と霊的共同体、地上の教会と天上の善に富む教会」(同上)と説明している。この教会を頭であるキリストのもとに一つに結んでいるのは聖霊であって、この見えない絆で結ばれている現実を信仰の眼をもってしっかりと認識する必要がある。

同時に、この教会は、使徒の後継者である司教のもとに教区(部分教会)として集められており、信者は小教区教会を窓口として教区に、したがって司教に結ばれている。しがって、信者は、直接司教から、あるいは司教より委任された司祭から、按手と司教によって聖別された聖香油を塗油によって堅信の秘跡を授けられる。小教区への所属を確認するために、信徒台帳(Status animarum)への記帳が重要であることも学ばなければならない。

3―教会の使命への責任ある参加

堅信の秘跡によって教会の交わりに固く結ばれた信者は、同じく堅信の秘跡によって教会の使命に参加するよう、聖霊の力を受けて任命され派遣される。この教会の使命とは、聖霊において世の終わりまで継続するキリストの三重の使命、すなわち、祭司、預言者、王としての使命である。

使徒言行録はキリストの三重の使命を引き継ぐ初代教会の生活を次のように描写している。「彼らは、ひたすら使徒たちの教えを守り、兄弟的交わり、パンを裂くこと、祈りに専念していた」(使徒言行録2,41)。信仰教育とみ言葉の宣教(預言職)、ミサを中心とする祈りと典礼の実施(祭司職)、キリスト教的兄弟愛の奉仕活動(王職)の三つは、第2バチカン公会議の小教区についての教えの中に明記されている(『カトリック教会のカテキズム』2179参照)。小教区の他にも、教区的、全国的、また、国際的なさまざまな規模で宣教活動を始め、教育や社会福祉活動などの事業や運動が展開されている。

教会の交わりや使命への参加において、もう一つの選択肢があることを忘れてはならない。すなわち、信徒か、司祭か、修道者(奉献者)のいずれかの身分の選択である。特に司祭や修道者の召命の減少は特に現代的な課題であり、若い信者たちの人生の選択において、考慮の対象としなければならない。

以上、堅信秘跡を通して各信者はそれぞれの身分や境遇、いただいた自然の能力や霊的カリスマに従って、こうした教会の活動に参加すべく、具体的な学習や実践を通して準備しなければならない。これがさしずめ堅信の秘跡のカテケージスなのであり、キリスト教的生活のイニシエイションである。



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