小教区とは何か

小教区とは何か

カテゴリー 折々の想い 公開 [2007/09/10/ 00:00]

モントリオール大神学院聖堂

モントリオール大神学院聖堂

9月は思い出深い月である。わたしの司祭叙階は1952年9月14日、モントリオール大神学院聖堂においてであった。翌年帰国し、長崎大司教館で教区書記として9年間勤務した後、司祭叙階10年目の1962年9月12日、長崎市内に新設された八幡町教会(小教区)初代主任司祭に任命され赴任した。小教区の設置に当たっては管轄区域が明示されるが、八幡町教会は長崎の町の最も古い地区に位置し、周りには長崎最初の教会、すなわちトドス・オス・サントス(諸聖人)教会跡の春徳寺、多くの由緒ある寺院が集中する寺町、そして「長崎くんち」で有名な諏訪神社がある。

およそ初代主任司祭が直面する最大の課題は、「小教区とは何か」という基本理念の確認である。こういえば驚く向きもあると思うが、当時は第2バチカン公会議前であり、主任司祭の権利・義務、信徒の権利・義務については丁寧に教えられていたが、小教区の定義はまだどこにも示されていなかった。しかし、小教区についてはすでに研究が始まっており、わたしがカナダで手に入れた一冊の本、『生きた小教区』(La Paroisse Vivante)もその一つであった。そしてこの本の中の最大の発見は「小教区は霊的共同体である」という小教区理念であった。これにピンときたわたしは、「ただの一人も疎外せず、だれ一人疎外されない、底辺からの共同体づくり」を合言葉に小教区作りを進めた。

共同体とは、メンバー全員が人格的に参加し、分に応じた役割を果たすことを通して、一人ひとりが生かされ成長してゆく仲間を意味する。教会は単なる無名の大衆ではない。それは、宣教によって呼び集められ、信仰と洗礼によってキリストに結ばれ、聖霊に生かされる共同体であって、「彼らの中には一人も乏しい者はなかった」(使徒行録4,31)と言われるように、霊的面だけでなく、毎日の生活面でも互いに思いやり、分かち合いながら、天の国目指して地上を「旅する神の民」(教会憲章第7章参照)である。

発足当時の八幡町教会の所属信者数は約400人、長崎教区にあっては、ある先輩から「ままごと」と言われるほど小さな教会であったが、それでも信者たちは、小教区は全員参加の共同体であり、旅する仲間であるという理念に従い、分に応じて熱心に協力した。こうして、周りの教会の信者たちがうらやむほど楽しい、生き生きとした教会に育っていった。わたしは鹿児島司教として呼ばれるまでの7年余をこの教会にささげたが、それはわたしの生涯の中でもっとも輝いた花の時代であったと言えるかも知れない。

八幡町教会の設立から一ヵ月後の1962年10月、歴史的な第2バチカン公会議が始まった。この公会議は「現代化」を合言葉に、聖書と聖伝の源泉に立ち帰って時代とともに溜まった垢を落とし、合わせて現代世界に開かれた教会の使命を明らかにする極めて重要な公会議であったが、その結果、見えない普遍教会を見える形で具現する「教区」(部分教会)と、教区の生きた細胞として地域のすべての信者がじかに所属して教会を生きる「小教区」にも新たな光が当てられた。第2バチカン公会議の教えを体系化して教える『カトリック教会のカテキズム』は、「小教区の定義」を次のように示している。

「小教区は、部分教会において恒常的に設立された一定のキリスト信者の共同体です。その司牧は教区司教の権威のもとに、その固有の司牧者として主任司祭に委託されています。小教区はすべての信者が主日の感謝の祭儀を行うために集まることのできる場です。小教区は信者に通常の典礼生活の手ほどきをしてこの祭儀に集め、キリストの救いの教えを伝え、兄弟愛のよいわざをもって主の愛を実践します」(2179項)。

要するに、小教区とは、①キリストを信じる地域の信者全員が参加し、主任司祭を中心として責任を共有する共同体であり、②同時に、共同体がミサに集まる集会の場(教会堂)も意味する。小教区の使命は、主日の聖体祭儀(ミサ)を頂点とする「典礼」、ケリグマとカテケージスを含む「宣教」、そして、相互愛(信者が互いに愛し合うこと)から社会愛(一般社会における愛の実践)にまで広がる「愛」の三重の使命である。従って、小教区は地域に密着した教会の最前線(フロント)であり、教会の発展はひとえに小教区が共同体として組織的に行う三重の使命にかかっていると言っても過言ではない。

八幡町教会におけるわたしの小教区作りは、このように、第2バチカン公会議を先取りし、やがてこれに導かれて進められた共同体づくりであって、今も生涯のよき思い出として胸の奥にしまっている。



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