時代精神―主観主義・個人主義

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時代精神―主観主義・個人主義

カテゴリー カトリック時評 公開 [2009/07/15/ 00:00]

「いま述べた悪の諸勢力のほか、誤謬をさかんに引き起こしている最も重要な要因は時代精神、つまり歴史の特定の時期を支配する一連の見解、価値判断、熱望と感情である。試みにこうした要因のいくつかを数え上げるとすれば、第一に挙げなければならないのは主観主義(subjectivism)ないし個人主義(individualism)である」(レオ・エルダース著『教会・神学・救い――新しい千年紀への展望』創文社)。

これは何を意味するのか、まず著者の説明を聞いてみよう。

「これらの用語が意味するのは、自己に対する絶えざる関心の集中である。すべては自己のまわりを回転しなくてはならない。古代および中世においては、西欧の人々は自分たちをある全体、たとえば村、あるいは都市、国あるいは教会の一部として経験した。彼らはこの全体のなかで位置づけられ、自然と世界宇宙に関係づけられていた。今日では、西欧の人々は孤独なアトムのような存在になっている。ほとんど二百年もの間、哲学者たちはわれわれに対して、われわれの精神は絶対的存在であり、良心は自己肯定、および自分自身の完全さについての悦びである、と説くことに一生懸命であった。人間の思考の背後には、何の絶対者もない。このようの人間的自我を強調したことの結果は認識の分野において現れた。実在はわれわれの考えにぴったりするような仕方で考えられ、受け入れられ、解釈されたのである。存在をあるがままに受け入れるのではなく、近代人はそれを自分自身のために選びとった。主観主義は世界と自己とを隔てる幕のようなものである」(同書18㌻)。

このような時代精神としての主観主義と個人主義に関する見解はおおむね肯定できると思う。キリスト教における原罪の教えは、万物の創造主なる神の主権に対抗しておぞましくも人間の主権を主張し、自己中心の生き方とその破滅を意味するから、主観主義も個人主義も人類の歴史の初めからあるものではあるが、ルネッサンス以降の近代合理主義が生み出した主観主義や個人主義は、特別な時代精神として理解することは適当だと思うわけである。

わが国においいては、明治維新における開国以来、和魂洋才を唱えつつも、キリスト教抜きの西欧精神、つまり、エルダース師のいう時代精神が物質文明とともに輸入されて、いまや欧米並みの新自由主義や市場原理主義の名のもとに自分中心の利己的な個人主義が社会を覆っていると言ってよい。そしてこの時代精神は家庭や教育の荒廃をもたらし、政治・経済・社会には自分さえよければという弱肉強食の風潮が多くの人々の物心両面の不幸を現出していると言ってよい。

とは言いながら、人間本性の中に刻印された良心や良識、あるいは善意といった尊い精神が消え去ったわけではない。事実、荒廃した人間精神や社会の再生を夢見て立ち上がった人々の存在を誰も否定することできないだろう。さまざまな災害時におけるボランチア活動の盛り上がりは、かつての日本には見られなかったものではなかろうか。昨年来の世界同時不況の嵐の中で、たとえば「年越し派遣村」の発想に共感した人は多かったのではないか。たとえばまた、ムハマド・ユヌス氏のグラミン銀行をはじめ、いまやわが国でもようやく注目され始めた「ソーシャル・ビジネス」(社会企業)の試みは、企業本来の社会的使命を全面に押し出すものとして、個人主義に対する強力な反論となっている。

ただ、こうした人間本来の良識や善意の発揚に比べて、人間における個の尊厳とその社会性という、人間人格の基本理念を失った家庭や教育については、本格的な反省や再生への取り組みが十分であるかどうかが問われなければならないだろう。多様な人間が共存する現代社会において、主観的な個人主義を克服し、人類共通の客観的な基準に立たない限り、万人の、そして一人ひとりの尊厳と幸福を追求できる真に平和な社会を実現することはできないからである。そしてそのためには、何よりも人間の神秘、世界の神秘に対する新たな覚醒を必要とするものであろう。人間とその存在の神秘を悟り、その本来の召命と使命を理解するためには、どうしても天地万物を創造し主宰しておられる超越的人格神への信仰を取り戻さなければならない。このことが主観主義や個人主義を克服する根本的な対策になることをあらためて強調したいと思う。そこにこそ、「多様性の中の一体性」(unitas in varietate)を保障する原点があるのである。



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