経済体制と消費主義

経済体制と消費主義

カテゴリー カトリック時評 公開 [2009/10/15/ 18:36]

「米、過剰消費脱却を 日中には内需拡大 不均衡是正で提案へ」 これは9月23日付毎日新聞4面に載った一つの見出しであるが、「過剰消費脱却」という語に新鮮味を感じて注目した。

その後の報道によれば、この提案はG20で承認された。しかし、ここにいう「過剰消費体質からの脱却」とは、単なる世界経済不均衡への対策であって、米国における過剰消費を抑制すると同時に、日本や中国などの黒字国にこれを拡散するものとも受け取られる。従って、人間の精神を蝕む「過剰消費」または「消費主義」への反省や警告とはなっていないのではないか。そこで、ここであらためて消費主義に対する教会の警告と、経済・社会生活に対する基本的な見解を明らかにするために、少々長くなるが、前教皇の回勅から引用しておきたい。

「わたしたちの世界は、受け入れ難い悲惨な低開発状態を内包すると同時に、過剰開発ともいうべき状態をも抱え込んでいます。この過剰開発も、低開発状態同様、善なるもの、真の幸福に反するものなので、やはり許すことのできない状態というしかありません。ある特定の社会階層、社会集団だけがあらゆる種類の財貨を過剰に利用することができるという意味の過剰開発状態は、渦中の人々を容易に「所有」の奴隷に陥れ、直ちに欲求が満たされ、満足感を与えるという不幸に導いてゆきます。彼らは、欲望のおもむくままに物を増やしていくか、あるいは目先の変わった品、いっそう便利な物を次々と求め、すでに所有している品物を不用品として廃棄する以外、何も見えなくなってしまいます。これがいわゆる「消費文化」の正体であり、ここには資源の「無駄使い」「浪費」が分かちがたく関与しています。ここでは、すでに持っている商品よりいくらか便利、好都合というだけで、それらが求められ、古い商品は簡単に廃棄されます。このとき、人々は古い商品に宿る、今なお有効な持続的価値を見ようとはしませんし、貧窮状態にある他の人々の苦しみを思ってみようともしないのです。

わたしたちは一人残らず、単なる消費主義に対するこの盲目的な従属の悲しい結果を、直接的に体験しています。すなわち、まず初めに愚かな物質主義に巻き込まれ、それと同時に、根源的な欲求不満を味わうことになるかというと、誰でもすぐに納得するところですが、宣伝広告の洪水から遮断されない限り、そしてとどまるところを知らない、また、十分に心をそそられる商品の提示の仕方から隔絶されない限り、人は商品を所有すればするほどより多くの商品を望むというジレンマに陥ることになり、結局、渇望が満たされないまま抑え込まれた不満だけを胸の奥底に残すことになるのです」(回勅『真の開発とは』(SOLLICITUDO REI SOCIALIS/1987)28)。

「ある文化が人間の生をどのように包括的に理解しているかは、その文化が生産と消費においてどのような選択を行うかを見ればわかります。ここに消費主義という現象が生じます。人は、新しい必要とそれらを満たす新たな手段を選び出す際、自分自身の存在のあらゆる次元を尊重し、物質的・本能的次元を内面的・精神的次元のもとにおく包括的な人間観に従って、これを行わねばなりません。もし反対に、本能に直接に訴える一方で、人格とは知性をもった自由な存在であるという現実をさまざまな形で無視するなら、そのとき、人間の肉体的、精神的健康にとって不適切で、しばしば有害でさえあるような消費態度と生活様式が生み出されかねません。経済体制はもともと、人間的必要を満たす新たな、より高次の方法と、成熟した人格の形成を妨げる人為的な新しい必要とを正しく区別する基準を持っていません。このように教育と文化における多大な努力が緊要であり、そこには消費者が選択権をふさわしく行使するための教育、生産者や他の人々、とくにマス・メディアの人々の間に強い責任感を育てること、そして公権の必要な介入が含まれます。

よりよく暮らしたいと願うことは間違いではありません。間違っているのは、「生き方」(being)よりも「持つこと」(having)を目指すことが、より良い暮らしにつながると決めてかかる生活様式であり、より良く生きるためではなく、快楽を人生の目的とし、快楽のうちに人生を送るために、より多く持ちたいと願う生活様式なのです。それゆえ、真理、美、善を求め、隣人との交わりのうちにともに成長することを求めることこそが、消費者の選択、貯蓄、投資の決定要素となるような生活様式を生みだすことが必要です。ここではなくあそこに投資しようとか、この生産部門ではなくあちらの生産部門に投資しようといった投資の決定さえも、つねに一つの道徳的、文化的選択である」(回勅『新しい課題』(CENTESIMUS ANNUS/1991)36)。



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