キリスト教の神と神道の神々(1)

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キリスト教の神と神道の神々(1)

カテゴリー カトリック時評 公開 [2010/03/01/ 00:00]

わが国の宣教において、日本人の神概念や宗教心を知ることは極めて重要で、ある意味で先決事項である。なぜキリスト教は日本で伸びないか、という疑問に答えるためにも避けて通れない問題である。そこで、あらためてこの問題に焦点を当ててみよう。

「日本に仏教が伝わるより以前から存在する固有信仰を総称して神道という。『日本書紀』の中で仏教と区別する意味で使われだした漢語である」(小池長之著『日本宗教ものしり100』)。とすれば、日本人の本来の神概念を知るには神道の神を見なければならない。仮に、20年あまり前に開かれた「宗教における普遍と特殊」シンポジウムで国学院大学教授上田賢治氏は「神道の神は多神である」と述べた(南山宗教文化研究所編『神道とキリスト教』)。これで明らかなように、「唯一で超越的人格神」であるキリスト教の神とは全く異質の神を日本人は信じてきたわけだ。

では、神道の神はどんな神なのか。「一体、日本の神は“何にまれ、尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳(こと)のありて、可畏(かしこ)きもの”という本居宣長の定義にあるように、人知を超えた恐ろしい存在と考えられ、人びとに恩恵を与える一方、その怒りは人びとに厄災をもたらすと信じられていた」(末木文美士著『日本仏教史』)。その神のすぐれた能力は人間とどれだけの差があるかといえば、それは相対的な差であって、大学の教授と学生ぐらいの違いでしかない(小池長之)という。

6世紀に渡来した仏教によって日本人の神観が変わったかといえば、そうでもないらしい。上記の末木氏は、「仏は、他国神とか蕃神(あたしくにのかみ)とか記録にあるように、日本の神と同じレヴェルでみられていたことは誤りあるまい」と言い、「神は外からやって来て人びとのところに定住しないと考えられていたから、新しくやって来た仏なる存在がそうした客人神(まれびとがみ)として受け取られたとしても不思議はない」と言う。従って、仏教伝来以降も日本人の神観は変わっていないと考えてよいだろう。

こうした日本にやって来たフランシスコ・ザビエルは、キリスト教の神を知らせるために苦労しなければならなかった。最初の苦労はキリスト教の神“Deus”(英語はGod、仏語はDieu)をどう訳すかであって、ヤジロウと相談の上、真言宗の最高の支配者大日如来から取って「大日」としたが、山口に来て初めて大日が誤訳であることに気づき、ラテン語のままデウスを使うことにした。そのうえで、宣教師たちは「天地の創造主」としての唯一・絶対の神の存在を理解させるべく、全力を尽くしたのである。

キリシタン禁教令が解かれた明治になって、日本のカトリック教会は中国の訳語を取って「天主」を使うことにした。中国における信仰対象は、悪霊を意味する神(じん)ではなく、天であるが、中国の教会はこの天に人格性をもたせて天帝となし、それを「天主」と呼んだらしい。カトリック教会は昭和20年までデウスを天主と唱え、教会堂のことを天主堂と呼んできた。長崎では今も天主堂という語が生きている。

しかし、キリスト教のDeusが「神」と訳されたことが二度ある。最初は1859年。神奈川にいた医者ヘボンが神を使ったと言われる。そして明治の初め、聖書の翻訳において神が使われ、こうして日本の多神とキリスト教の唯一神とが混同された。何よりも、日本の神であるはずの天皇がキリスト教の神と間違われて絶対化されたのは周知の通り。この問題は、昭和21年のいわゆる天皇の「人間宣言」によって解消されたが、今度はカトリック教会が、戦後、Deusの日本語訳を「神」としたため、日本人の神概念が次第にキリスト教的に変化していく。

そして昭和47年発行の文部省『学術用語集―キリスト教学編』では、神をGodと併記してキリスト教的な意味に規定している。また、先に紹介した小池氏の著書(昭和54年)も、「日本にはキリスト教の神に相当する概念はないが、日本の神の方が影響を受けて、絶対者にまで高められ、神という語の意味が変わってきてしまった」と述べている。日本の神々とキリスト教の神との対決はどうやら新しい時代を迎えているようである。



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