社会に対する個人の責任と参加

糸永真一司教のカトリック時評 > カトリック時評 > 社会に対する個人の責任と参加

社会に対する個人の責任と参加

カテゴリー カトリック時評 公開 [2013/07/25/ 00:00]

このところ、国民の国政参加が低調である。国政選挙における投票率や国民年金の保険金の納入などの低下が心配され、生活保護費の不正受給も問題になっている。そこで、社会に対する個人の責任と参加にいついて、カトリック教会の教えを紹介しよう。

『カトリック教会のカテキズム』は、人間は個人であると同時に社会人であることをまず強調する。

「人間の召命は神のイメージを明らかにすることであり、また、神の独り子のイメージに変えられることである。このような召命は個人的な形式を帯びている。各々が神の至福に入るよう召されているからである。これは同時に、人間共同体全体にかかわることである」(n.1877)。

つまり人間は神の似姿として造られ、一人ひとりが神のいのちにあずかって至福に至るよう呼ばれているが、しかし、知恵と自由を備えた人格としての人間は他者に開かれた存在であり、互いに交わり助け合うことによってその使命を全うする存在でもある。、つまり、人間は個人であると同時に社会的な存在として造られたのである。人間創造の初め、神は「人が独りでいるのはよくない。彼にふさわしい助け手を造ろう」(創世記2,18)と言って女を造られたが、これがそのあかしである。

次いで、『カトリック教会のカテキズム』は社会に対する個人の「責任と参加」について次のように言明する。

「参加とは、社会的交換において個人(人格)が意識的に熱意をもって関わることを意味する。すべての人がそれぞれの置かれた立場や携わる役割に応じて共通善を実現するために参加することが必要だからである。この義務は人間人格の尊厳に根ざしている」(n.1913)。

ここでは、社会のあり方として、個人主義や全体主義が否定されている。社会参加はあくまで人間人格の尊厳に根ざし、自由かつ責任ある参加が求められているのである。だからカテキズムは強調する。

「参加はまず、個人の責任が取れる分野での任務を引き受けることによって実現する。たとえば、家庭における教育の負担、職場における良心的な労働などを通して、人は他者や社会の善に参加するのである」(n.1914)。

つまり、これは利己主義を捨て、隣人のために真心をもって奉仕し貢献しようとする利他主義の生き方であって、換言すれば、隣人愛をもって正義の実現に尽くすことを意味しよう。神の十戒の第四から第十までが社会倫理を明らかにしている。次いで、カテキズムは「公共生活」への参加について述べる。

「国民はできる限り公共生活における積極的な役割を引き受けなければならない。このような参加のあり方は国や文化によって多様であり得る。“できるだけ多くの国民が真の自由をもって公のことに参加できるよう計らう国家の施策は称賛すべきである”(現代世界憲章31)」(n.1915)。

ここで、特に国家に対する国民の義務について、カテキズムの教えるところを見てみよう。

「権威に服する者たちは、神がその賜物の役務者として立てた自分たちの上長を、神の代理者と見なさなければならない(ローマ13,1-2参照)。“主のために、すべて人間の立てた制度に従いなさい。…自由な人として生活しなさい。その自由を盾として悪を行うことなく、神のしもべとして生活しなさい”(1ペトロ2,13;16)。彼らの寛大な協働は、人格の尊厳と共同体の善に有害と思われることに対して忠告を行う権利、時として義務を含む」(n.2238)。

「国民の義務は、社会の善のために真理と正義、連帯と自由の精神をもって国家権力と協力することにある。祖国への愛と奉仕は感謝の義務と愛の要求に基づく。正当な権威への服従と共通善への奉仕は、国民に政治共同体の生活における彼らの役割を果たすよう要求する」(n.2239)。

「権威への服従と共通善への共同責任性は、納税、選挙権の行使、国の防衛を倫理的義務として国民に要求する」(n.2240)。

わが国では、戦前、兵役の義務が数えられたが、現在は存在しない。しかし、国の正当防衛については国民にも共同責任があるというわけである。

いずれにせよ、現代人はことのほか「自由」を求める。しかし、自由には責任が伴う。初めに述べたように、人間は個人としても社会人としても高貴な召命を受けている。この召命にこたえるためには、神に対して、また隣人や社会(国家)に対して、しっかりした使命感、責任感を持たなければならないことを忘れないようにしよう。



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