平和の実現、兄弟愛なしには不可能

糸永真一司教のカトリック時評 > カトリック時評 > 平和の実現、兄弟愛なしには不可能

平和の実現、兄弟愛なしには不可能

カテゴリー カトリック時評 公開 [2014/01/10/ 00:00]

カトリック新聞は本年1月5日、その第4225号で、教皇フランシスコの世界平和の日メッセージについて、「平和と正義の実現、兄弟愛なしには不可能」と題して、バチカン電を次のように報じた。

【バチカン12月12日CNS】教皇フランシスコは就任後初の「世界平和の日」メッセージで、平和と社会正義の実現は、全ての人が神の子どもであるという認識に基づいた兄弟愛の精神なしには不可能だと強調した。この兄弟愛は、イエス・キリストの死と復活のうちに成就した関係性だと説明している。

 2014年1月1日の「世界平和の日」メッセージは長文で、「平和への道と基盤としての兄弟愛」と題されている。バチカンが12月12日、公表した。

「兄弟愛なしには、公正な社会と、確かで恒久的な平和を築くことはできません」と教皇は書いている。「それと同時に、現代の倫理体系では、兄弟愛の真の絆をつくることは不可能なままであることも明らかに思えます。その根本的な礎として共通の御父をよりどころとしない兄弟愛は、持続できないからです。真の兄弟愛は、全てを超越した父なる神の存在を前提とし、必要としています」

教皇は付け加えて、「特に、人類の兄弟愛は、死と復活を通してイエス・キリストのうちに、イエス・キリストによって再生されました。十字架は、兄弟愛の決定的な礎となった場で、その兄弟愛は人間自らがつくりだすことはできないのです」と説明した。

 教皇は、「家庭や共同体での堅固な関係がなくなってきたことの結果として、関係性の欠如」が蔓延していること嘆いている。「兄弟愛は一般に、家庭で学びとられるものです。それはとりわけ、家庭を構成する一人ひとりの、特に父親と母親の責任を持って互いに補う役割に負うところが大きいのです」と教皇は書いている。

経済的正義については、収入の格差を軽減するために「効果的な政策」を求めつつ、「資本やサービス、教育資源、医療ケア、科学技術を利用する機会」を保障するよう呼び掛けている。「そうすることで、全ての人が自分の人生の計画を示し、実現して、一人の人間として十分に成長していく機会を得られるようにするためです」と教皇は強調する。

教皇はまた、一般のキリスト者に向けて、「地道に、必要なものだけで暮らす生活スタイル」を取り入れ、余分な豊かさは他の人々と分け合うよう呼びかけている。教皇は、こうした「離脱」の実践が「兄弟愛の実践のかたちであり、そうして貧困に打ち勝つことにもつながるのです」と指摘し、「これが他の全てのことの基礎でなければなりません」と訴えた。

教皇は自らと歴代教皇が重ねてきた要求を繰り返し、「武器の不拡散と、核兵器や科学兵器を手始めとした全当事者の武装解除」を呼び掛けた。教区はさらに、「武力によって暴力と死の種をまく全ての人々に」真に語り掛け、全ての敵を「自分の兄弟または姉妹として見て、「人に手を上げるのをやめてください」と強く訴えた。

「人間は回心を体験することができます」と教皇は書いている。「私はこれが、全ての人に希望と自信をもたらすメッセージになればと願っています。その全ての人々は、残虐な

犯罪を犯した人さえも含んでいます。神は罪人の死を望まれず、その人が回心し、生きることを願っているからです」

以上の通りだが、今年2014年も、多くの人々の平和の願いにもかかわらず、さまざまな戦争やテロ、貧困や家庭崩壊などの非劇の中で開けた。これらの悲劇はすべて、兄弟愛を忘れ、利己的な欲望や野望に起因していると言えないだろうか。その故にこそ、兄弟愛の復権は平和の基礎であると強調した教皇フランシスコの重みが痛感される。教皇が言われる通り、人となった神の子イエス・キリストは、罪よって分裂し、敵対した人類を、十字架の死と栄光の復活によって贖い、天の共同の父のもとに神の子らとし、互いに兄弟姉妹とされた。キリストによって平和への道は開かれている。要は人類が共同の天父のもとに立ち返るだけである。