神の子の受肉の神秘

神の子の受肉の神秘

カテゴリー カトリック時評 公開 [2013/12/25/ 00:00]

クリスマスはナザレのイエスの誕生を祝う。しかし、イエスの誕生はただの人間の誕生ではない。イエスはただの人ではなく、神の子だったから、そこには大変な神秘が隠されている。神の子は、なぜ、人の子となったのか、その秘密に迫って見よう。

用語の説明だが、ナザレのイエスの生涯とその意味を語る『福音書』のうち、キリストの愛弟子と言われた使徒ヨハネの福音書の冒頭で、「言葉は肉となって、わたしたちの間に宿られた」(ヨハネ1,14)と宣言した。ここで、神の子は「言葉」と呼ばれている。父なる神から「言葉」(ロゴス)として永遠に生まれたからであり、また、「人間」の代わりに「肉」と言われている。だから、神の子が人の子になったことは「受肉の神秘」と言われる。さらに、人となった神の子は復活したのち「神は、“主”とも“メシア”(キリスト)ともなさった」(使徒言行録2,16)。

本題に戻って、ではなぜ、神の子は人の子となったのか。教会はニケア・コンスタンチノープル信条に従ってこの問いに答え、そして宣言する。「主は、わたしたち人類のため、また、わたしたちの救いのために天からくだり、聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け、人となられた」と。そして、「人類の救い」とは何であるかを、四つに要約して説明する(『カトリック教会のカテキズム』nn.456―-460参照)。

1-神から離反した人類を神と和解させるため

聖書によれば、人類は人祖アダムの罪によって神から離反した状態にある。これが「原罪」である。聖パウロは、「一人の人間によって罪が世に入り、その罪によって死が入り、こうして、すべての人間が罪を犯したので、死がすべての人間に及んだ」(ローマ5,12)と説明した。人となった神の子キリストは、十字架の死によって人類を罪からあがない、神と和解させることによって、人類を死から救うのである。使徒聖ヨハネは、「イエスは罪を除くために現れた」(1ヨハネ3,5)と簡潔に述べている。

次は4世紀の教父・ニッサの聖グレゴリオの言葉である。

「わたしたちの本性は、病んでいたので癒しを、堕落していたので立ち直りを、死んでいたので復活を、必要としていた。わたしたちは所有していた宝を失っていたので、それを取り戻す必要があった。闇の中に閉じ込められていたので、光が必要だった。捕われていたので救い主を、囚人であったので助け手を、奴隷であったので解放者を待ち望んでいた。これらの理由はまことに重要で、人類はこれほどに惨めで不幸な状態にあったので、神が人間性をとって世に来られるよう、神の心を動かしたのであった」(教理詳説15)。

2-神の愛を人間が知るため

使徒ヨハネはその福音書で強調する。「実に、神は独り子を与えるほど世を愛された」(ヨハネ3,16)。人間として生まれた神の子は、父なる神の人類に対する愛のしるしであり、証であったのである。

3―人間の聖性の模範となるために

主イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、誰も父のもとに行くことはできない」(ヨハネ14,6)。人間となった神の子キリストは、真福八端の模範(モデル)、新しい道徳の基準となったのである。そして言われた。「わたしがあなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し合うこと、これがわたしの命令である」(ヨハネ15,12)。

4-人間を“神の本性にあずかる者”とするため

人間はキリストに結ばれることによって神の養子になる。聖イレネオは言っている。「これは、神の言葉が人となり、神の子が人の子となった理由である。これは、人間が神との交わりに入り、神との養子縁組を受け入れて、神の子となるためである」(『異端反駁』3,19)。

こうして人類は罪によって失った「神の似姿」をキリストにおいて取り戻し、人間の究極の目的を達することができるようになったのである。

以上の通りだが、神の子の人間としての誕生は人類の歴史に大転換をもたらした。閉ざされた暗闇の世界に大きな光が輝き、各々の人生と世界の闇を照らした。受肉の神秘は光の神秘であった。ヨハネ福音書は断言する。「み言葉のうちに命があった。この命は人間の光であった。光は闇の中に輝いている」(ヨハネ1,4-5)。事実、無数の人々がキリストの福音の光に照らされて心の闇を払い、生きる価値と喜び、そして力と希望を見出したのであった。信じて洗礼を受けることはそのあかしである。

今年こそ、クリスマスツリーの人工の光に惑わされることなく、それが象徴する天上からの光に静かに浸りたい。



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