あるカナダ家族の大晦日
カテゴリー 折々の想い 公開 [2007/12/10/ 00:00]
先日、古い本を整理していたら、懐かしい思い出の一冊の本が出てきた。クリスマスプレゼント
“MANUEL de la J.A.C”である。これは、1951年にモントリオールで発行されたJ.A.C.すなわち“Jeunesse Agricole Catholique”(カトリック農村青年)という農家の若者たちのカトリック・アクションの手引書である。この本に挿まれた小さな名詞ほどのカードが見つかったが、そこには手書きでこう記されている。
à M. l’abbé Paul
Bonne et Heureuse Année
La famille Gareau
訳すると、「ポール神父様へ、幸せなよいお年を、ガロー家族」。ポールは私の洗礼名パウロで、親しい人々からこう呼ばれていた。ここには神父様とあるから、これはわたしが司祭に叙階された年で、1952年の大晦日の夜、訪れた私の友人、ガロー神学生の家族から贈られた「クリスマスプレゼント」である。実はあの日、友人であるオーブリ神父の実家に泊まることになっていたのだが、夕食は近くの農家、ガロー神学生の家に案内されたのである。半世紀あまり前のことで、ほとんどは遠い忘却の彼方にあるが、断片的にははっきり覚えていることがある。
その夜、ガロー家にはおばあちゃん、長男夫婦とその子供たち、ガロー神学生、他所の町にいるその兄弟が集まっていたから、わたしたち二人の神父を加えて10人あまりのにぎやかな集いであった。当時カナダでは、クリスマスは今住んでいるところで祝い、大晦日にはみんなが実家に集まって降誕祭の7日目と新年の前夜祭を祝う習慣があった。
団欒はまずおばあちゃんを囲んだにぎやかな夕晩餐会で始まった。一同が席に着いたところで、私のことを「太平洋を越えてはるばるやってきた日本の友達」と紹介し、みんなで歓迎してくれた。それから「食前の祈り」をみんなで歌った。なぜだか今もはっきり覚えている歌詞は、「主よ、わたしたちを祝福し、この食事とここに用意された食卓を祝福してください。そして、食べ物を持っていない人々にパンをお与えください。アーメン」である。カナダでは当時、子供たちやその家族の間で食事前後の祈りを歌う習慣があった。それにしても、用意された食事に感謝すると同時に、飢えた人々を気遣う祈りは感動的でさえある。こうして和やかで楽しい家族団らんのひと時が始まった。
食後の聖歌で長い晩餐会が終わったあと、一同は応接間に移動する。中央に人の丈ほどもあるクリスマスツリーが飾られ、その根元の周りには、包装紙に包まれたままのクリスマスプレゼントが無造作に積まれている。その周りにみんなが思い思いに座を占めた後、確か長男であるお父さんの司会でプレゼント交換が始まる。家族の間で贈り合ったプレゼントをみんなの前で披露するのである。いちばん小さい子から始めてみんなが家族から贈られたプレゼントを貰うわけだが、子供たちの場合は、プレゼントを貰う前にそれぞれ歌を歌うか、詩を暗唱する。それからプレゼントを渡され、その場で包みを開けて中身を確かめ、「ぼくはこれが欲しかったんだ」などとお世辞を交えながら贈り主に向かって礼を述べる。なんとも心温まる美しい光景であったが、それは、御子イエスの誕生に示された神の愛を信じる人々が、たくまずして醸し出す優しさの中で、家族の絆を確かめ合う厳かな儀式のようにも思えた。
かなりの時間を費やしてやっとプレゼント交換が終ると思った途端、ムッシュ・ラベ・ポールと、私の名前が呼ばれた。そして私にもプレゼントの包みが渡された。少し大げさに言えば、ガロー家の愛が東洋の貧乏留学生にまで広がった瞬間である。プレゼントの中身は冒頭に紹介したあの本であった。誰がこの本を選んだか、今もって私には分からないが、この本は私が長崎に帰ってから大いに参考させてもらったことを、ガロー家族への感謝の印として付記しておく。