ザビエル上陸記念碑、建立から30年

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ザビエル上陸記念碑、建立から30年

カテゴリー 折々の想い 公開 [2008/04/10/ 00:00]

ザビエル上陸記念碑

ザビエル上陸記念碑

鹿児島市新祇園の洲にある「ザビエル上陸記念碑」(写真)の除幕から今年は30年になる。除幕式は1978年4月23日、折からの桜島の降灰を含んだ豪雨と強風の中で行われた。

それは、万里の波濤を越えてやってきたザビエル一行の苦難を想起させるものであった。1549年6月24日、洗礼者聖ヨハネの誕生の祝日にマラッカを出帆したザビエル一行は、8月15日、聖母被昇天の祝日に鹿児島に到着するのであるが、52日にわたる危険な海路は、アバン船長の娘が嵐の海に飲まれて死に、船長自身も鹿児島滞在中に死亡しているように、まさに命がけの旅であった。

除幕式に参加した来賓は、九州の里脇浅次郎長崎大司教、平田三郎福岡司教、平山高明大分司教のほか、駐日バチカン大使マリオ・ピオ・ガスパリ大司教、ホセ・アラゴネス駐日スペイン大使、イエズス会のディータース管区長、地元からは鎌田要人鹿児島県知事、山之口安秀鹿児島市長らであり、両大使及び知事と市長は立派な祝辞を述べた。

ザビエル上陸記念碑は鹿児島教区創立50周年(1927~1977)の記念事業として鹿児島教区が建立したもので、それは同時に、初のキリスト教宣教師の渡来地、キリスト教伝来の地としての鹿児島教区が聖フランシスコ・ザビエルに捧げる顕彰事業の一環でもある。鹿児島教区では1975年以来、教区行事として毎夏「ザビエル祭」を実施してきた。なお、記念碑は除幕式の中で、市との交渉の窓口として教区が設置した「ザビエル上陸記念碑建設委員会」松村仲之助委員長から鹿児島市に寄贈された。ザビエル顕彰の一端を市にも受け持ってもらうためである。山之口市長は丁寧に礼を述べた。

記念碑が建っている場所(新祇園の洲)はもちろんザビエル一行が上陸した正確な地点ではない。しかし、多くの歴史家によってザビエル上陸地とされる稲荷川河口の「戸柱港」は次々と埋め立てられており、新祇園の洲は埋立地の先端に位置する。この地が決められたのにはこんな事情がある。わたしははじめ、稲荷川河口にある「祇園の洲」公園に建てたいと思って山之口鹿児島市長を訪ねたのであるが、市長は「祇園の洲は西南戦争ゆかりの官軍墓地だから適当ではないのではないか」と言い、現在埋め立てが進行している「新祇園の洲」の一角を喜んで提供したいと申し出られた。わたしはすぐに了承し、ありがたくお受けした。この地はまさに稲荷川河口で海に面していて、ザビエルも仰いだ桜島も目前に聳えており、ザビエルの鹿児島上陸を偲ぶには最適と思われたからである。山之口市長の好意はいつまでも忘れてはいけないと思っている。

ザビエル上陸記念碑の前に立つと実に様々な想いが脳裏に浮かぶ。

1)聖母の導き。ザビエルはその大書簡(第90)の中で、「こうして神は、私たちがあこがれていたこの地にお導きくださり、1549年8月、聖母の祝日に到着したのです」(河野純徳訳『聖フランシスコ・ザビエル全書簡』平凡社)と万感込めて書いている。1575年、ルイス・フロイス神父とオルガンチーノ神父は、織田信長の許可とダリオ高山らの応援を得て京都に初の教会堂を建て、ザビエルが鹿児島に到着した聖母被昇天の祝日にちなんで「被昇天の聖母マリア」を守護者として「みやこ」の教会をこれに委ねた(柳田武夫訳フロイスの『日本史』第百五章参照)。こうした経緯を思うにつれ、わが日本に初めてキリストの福音が伝えられた歴史的出来事の背景に、神の妙なる摂理と聖母の尊い導きがあったことをわたしたちは信じて疑わない。

2)ザビエルの純粋な宣教師魂。ザビエルは、ポルトガル国王の「保護権」の及ばない日本に、ポルトガル船ではなく、シナ人アバンのジャンク(約300トン)で渡来した。ポルトガル国の威光や国策に頼らず、冒険家や商人のように人間的な栄光や金銭も求めず、ただ一宣教師として、純粋にキリストを宣べ伝え、日本人の魂を救うためだけに来日したのである。このことを知った日本人は驚嘆したという。二心のない献身的な愛の気高さ、有り難さは万民に通じる。

3)ザビエルは一人で来たのではなく、トルレス神父、フェルナンデス修道士、インド人アマドル、シナ人マヌエル、日本人パウロ(ヤジローまたはアンジロー)、ジョアン及びアントニオの7人を伴っていた。この7人はそれぞれにザビエルを助けた。特にトルレス神父はザビエルの遺志と構想を継ぎ、1570年、志岐で亡くなるまで各地を巡って日本宣教の基礎を築いた。ザビエルの宣教は彼一人の単独行動ではなく、まさに教会共同体としてのグループダイナミクスを生かした活動であった。今日においても、福音宣教は教会の組織的かつ計画的な事業である。ザビエルはその意味でもわたしたちの模範である。