「天におられるわたしたちの父よ」

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「天におられるわたしたちの父よ」

カテゴリー 折々の想い 公開 [2010/06/25/ 00:00]

父なる神の子として

父なる神の子として

これから、主の祈りの各部分について述べたいと思う。初めはやはり冒頭の呼びかけの句、「天におられるわたしたちの父よ」である。この呼びかけは非常に大切なことを表している。祈りには祈る相手の神があり、それがどんな神あるかが大切だからである。一般の場合、人間が想定した、いわば「知られざる神」に向って祈るわけだが、この点、主の祈りは独特で、神が先に人間にご自分を表して話しかけ、それを知った上で、これにこたえて人間が祈るのである。

聖書は証言する。「神は、昔、預言者たちを通して、いろいろな時に、いろいろな方法で先祖たちに語られたが、この『終わりの時代』には、御子を通してわたしたちに語られました」(ヘブライ人への手紙1,1-2)。そう、人となった神の独り子キリストは、「天地の創造主、全能の父である神」(使徒信条)を人間に知らせてくださったのである。そしてキリストは、ご自分の中に見える者となった見えない神に向って祈るよう教えられた。

だから、キリストを信じてその弟子となったキリスト者は、ご自分を明かされた「父なる神」に向って祈る。わたしたちは聖母マリアを始め、諸聖人や天使たちにも祈るが、それは、彼らの中に示された神の恵みの偉大さをほめたたえると同時に、その取り次ぎを願うためであって、最終的には父なる神に向けられている。だから、わたしたちは誰に向って祈るかという、この重大な観点をしっかりと確認しなければならない。すべての祈りは父なる神の一点に集中してささげられる。

キリストは、当時の聖書の民の習慣を破って、この父である神に向ってしばしば、「アバ、父よ」と呼びかけて祈られた。「アバ」(abba)とは、キリストが話していたアラマイ語で「お父さん」を意味する。「父」といっても「建国の父」などという公式な使い方もあるが、「お父さん」や「パパ」といった家族の親密さの中で子が父に呼び掛ける使い方もある。アバはまさに後者であって、神の実子であるキリストがアバと親しく御父に呼びかけて祈るのは当然である。

キリストは、わたしたちにも「アバ、父よ」と呼びかけて祈るようにといわれる。キリスト者は父なる神に対して「アッバ」と呼ぶ資格が与えられたのである。聖パウロは書いている。「あなたがたが神の養子(筆者註・日本語訳では単に“子”)であることは、神がわたしたちの心に、「アバ、父よ」(Abba Pater!)と呼ぶ御子の霊を送ってくださったことによって明らかです」(ガラテア4,6。ほかにローマ8,15参照)。人間はもともと神の子ではない。無から創造された者であって、神から生まれた者ではない。神から生まれた者は人間となった神の独り子イエスただ一人である。しかし、神はキリストによるあがないと聖霊の派遣によって、すべての人間を「養子」として迎えることを決定された。イエスは、この実子と養子の区別を表現して、「わたしの父、そしてあなたがたの父」と言われた(ヨハネ20,17)。

こうして、信じる人びとは親しく「父よ」と呼びかけて神に祈ることができる。しかし、わたしたちが「お父さん」と親しく呼んで祈る父なる神は同時に「全能の神」である。主の祈り冒頭の句「天におられる」はまさにそのことを教えてくれる。ここにいう「天」とは場所の意味ではなく、神の超越した偉大さを表現する言葉である。カトリック教会のカテキズムは教える。「(天におられる)この聖書的な言い回しは、場所(空間)ではなく、存在様式を意味するためのものです。神との隔たりではなく、神の偉大さを表しています」(n.2794)。キリスト教の神は一切の被造世界を無限に超えた「超越的な存在」なのである。しかし、この偉大な神は、わたしたちにもっとも近い存在として、わたしたちの心の奥に住んでおられる。だから、わたしたちは、「独り子を与えるほど人類を愛された」(ヨハネ3,16)この全能の父なる神に向って、真に必要なものは何でも与えてくださるという全幅の信頼を込めて祈る。この神は「御子を信じる者が一人も滅びることなく、永遠の命を得ること(同)を切に望み、約束を守られる忠実な父である。

最後に、「わたしたちの父」について一言。天の父は人類共通の父である。イエスも「あなたがたの父」としてご自分の父を与えてくださったのである。だから、教会は、共同体の父として「わたしたちの父よ」と呼びかけて祈る。共にそう祈るとき、わたしたちは御子キリストにおいて一つである。



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