要理教育は教会の主たる任務

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要理教育は教会の主たる任務

カテゴリー 折々の想い 公開 [2011/07/25/ 00:00]

教会学校の授業風景

教会学校の授業風景

先日、平戸市の紐差教会を郷里とする神父たちの集まりがあり、わたしも二年ぶりに参加した。15人中13人が集まり、同郷のよしみで和やかな歓談のひと時を過ごしたのであるが、子供のカテケージスも話題に上った。この機会に取り上げてみよう。

まず、教会にとって要理教育は何なのか。ヨハネ・パウロ2世は言われる。「教会は要理教育を自分の主な任務の一つとして、つねにこれに専念してきました」(使徒的勧告『要理教育』序文)。なぜなら、「要理教育は教会の生活全体に固く結ばれています。地理的拡大および数的増加だけでなく、それにもまして、教会の内的成長と神の計画への対応は、主として要理教育に依存している」(同上13)からである。

わたしは、その重要性を強調して、「要理教育は教会の基礎工事である」と言ってきた。土台がぐらついていては、教会はその使命を果たすことができないからである。来日した時、ヨハネ・パウロ2世が司教団に対して「皆さんの教区の教理指導がよく行われるなら、他の一切がもっとやりやすくなります」と言われたのが思い出される。

ここにいう「要理教育」とはカテケージス(Catechesis)の日本語訳で、『カトリック教会のカテキズム』はこれを次のように定義する。「カテケージス(要理教育)は、一般的にいって、児童、青年、大人の信仰教育で、これは信者をキリスト教的生活に導くために、普通は組織的かつ体系的に行われるキリスト教教理の教授を特徴としています」(n.4).

要理教育は何よりも「信仰教育」であって、実践的な信仰を育てるのが目的である。そして、広義の信仰教育が家庭や典礼やメディアなど、生活のあらゆる場面で行われるのに対して、キリスト教信仰を体系的にまとめられたカテキズム(要理書)に従って組織的、体系的に行われる要理教育は、狭義の信仰教育である。

広義の信仰教育で最も重要なのが家庭の信仰教育であることは言うまでもない。生まれた子供に洗礼を授け、幼い時から祈りを教えて朝夕、食前食後、お告げの祈りなど、ともに祈り、主日のミサをはじめとする教会生活に家族ぐるみ参加するなど、日常生活を通して折々に行われるカリキュラムのない家庭の信仰教育は、尊い信仰を子供に伝える最良の場である。特に、教会や学校における信仰教育が禁じられている国々においては、家庭以外に信仰を伝え育む場はない。

一方、狭義の信仰教育である要理教育(カテケージス)は家庭の信仰教育に劣らず重要である。カリキュラムに基づく児童生徒の継続した要理教育の重要性は、世俗化(神抜き)が進む現代社会においては、いくら強調しても足りないくらいである。

第一に、それぞれの能力において信仰の知的理解を求めることは人間として当然の要求である。「人間は生まれながらにして知ることを欲する」と古代ギリシャの哲学者が言ったように、子供たちの知性は日々成長し、幼年時代のような信仰の話に満足することができない。発達年齢に応じた教理の知的な説明を要求するから、要理教育はこの知的要求にこたえるに足るものでなければならない。それは同時に、世間的な価値観や科学的な知識に対して、科学を超える信仰の立場からこれらの価値観や学識を識別し判断できる信仰の知識を獲得しておかねばならない。そうでなければ、たとえば、人間は猿の子だとするような進化論を教わって、天地創造の教えに疑問を感じない子がいるだろうか。要理教育において、進化論と創造論とは、正しく理解すれば、両立し調和することを教えるのでなければ、それだけで子供の信仰が危険にさらされるばかりか、世界を正しく理解する道を誤らせる恐れがある。

児童・生徒、さらには高校生に至るまでの一貫した要理教育は、現在、教会におけるいわゆる「教会学校」で実施されている。学校において要理教育がなされないわが国(ヨーロッパも最近そうなった)では、教会学校は信者の子供たちにとって必修である。その上、教会学校は養成された専門のカテキスタ(要理教師)により、適正に編成されたカリキュラム(授業計画)に従って運営されなければならない。しかも、このような要理教育は小教区の規模の大小、子供数の多少にかかわりなく必要である。

18世紀の近代合理主義以来、世俗化(神離れ、神抜き))が、特に先進国においてその極に達している感のある現在、充実した信仰教育、徹底した要理教育が強く求められている



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