キリスト教一致祈祷週間とその背景
カテゴリー 折々の想い 公開 [2012/01/10/ 00:00]
「キリスト教一致祈祷週間」は、1935年12月、フランスのリヨン教区の司祭ポール・クチュリエ(Paul Couturier)によって提唱され、翌1936年1月にリヨンで開催された。クチュリエ神父は、キリスト教全体の一致回復は、神の助けによらなければ実現することはできない、と考えたのである。ここに一致祈祷週間の重要性があり、その背景にはキリスト教分裂の癒し難い痛みがある。
周知の通り、キリスト教の究極の目的は罪によって分裂し四散した人類の一致回復である。キリストは「散らばっている神の子らを一つに集めるために」(ヨハネ11,52)に死んで復活したのであり、人類に対する神の計画は、「すべてのものを、キリストを頭として一つに結び合わせる」(エフェゾ1,10)ことであり、「どうか信じるすべての人を一つにしてください」(ヨハネ17,21)という祈りがキリストの「司祭的祈祷」の悲願であった。
しかし、キリストが打ち立てた教会は、初めのころからたえず異端や分裂に悩まされてきた。中でも決定的なのは、11世紀における東西教会の分裂と、16世紀のいわゆる宗教改革による分裂で、今なお教会が抱える耐え難い矛盾であると同時に、宣教における最大の障害ないし躓き(つまずき)になっている。この分裂の痛みは、プロテスタント各派が世界宣教に立ちあがった19世紀になって痛切に意識され、こうして一致運動がはじまった。19世紀末ごろからは教皇レオ13世をはじめ、目覚めた司祭らによってカトリック内部でも一致運動が次第に高まった。一致を説きながら分裂している現状は全くの自己矛盾だからである。
分裂しているキリスト教の一致を目指す世界的運動は「エキュメニカル運動」または「エキュメニズム」(Ecumenism)と呼ばれる。この語は「人の住んでいる世界」を意味するギリシャ語の「オイクメネ」(Oikoemene)から来るが、現在、エキュメニズムという言い方は、キリスト教の全面的かつ完全な一致を目指す活動全体に限定して使用されている。
エキュメニズムの理念と方針を決定づけたのは、いうまでもなく第2バチカン公会議(1962-65)である。教会の浄化刷新と現代化を目指した公会議は、これを召集した教皇ヨハネ23世の熱い思いに従い、重要な課題としてエキュメニズムについて研究討議し、その成果は『エキュメニズムに関する教令』(Unitatis :一致回復)に凝縮された。こうして、幾世紀にもわたって続いてきた対立と非難応酬の暦史に終止符が打たれたのである。
分かれたキリスト教諸教会並びに諸教団に対するカトリック教会の態度を180度転換させたこの重要な教令は、3部に分かれ、第一部エキュメニズムのカトリック原理、第2部エキュメニズムの実践、第3部分かれた諸教会と諸集団、である。ここでは、要点だけを指摘しておこう。
まず、キリスト教の分裂には双方の過失があったことを認め、謙虚な反省とゆるし合いが必要である。次に、分かれた諸教会、諸集団の中に真正なキリストへの信仰があり、救いがある。それゆえ、これらの諸教会や諸集団そのものが「救いの機関」であると認められなければならない。カトリック教会は分かれているキリスト教信者を兄弟として受け入れ、抱擁する。現在の分かれた兄弟たちに分裂の責任はないが、しかし、現実には分裂状態にあり、諸教会や諸集団には教義、典礼(秘跡)、位階制度等において違いがあり欠けたところもある。したがって、安易な妥協ではなく、主キリストが望まれた真の目に見える教会一致を実現するために、共通の基盤である聖書に基づく対話、研究、祈り、共同活動等を通して、辛抱強く努力しなければならない。
このようなカトリック教会の歴史的エキュメニカル決断は、分かれた兄弟たちからもおおむね好意的に受け入れられて、世界各地で、多様な仕方や組み合わせをもって「エキュメニカル運動」が展開され、聖書の共同訳など種々の成果もすでにみられる。そうした中でエキュメニズムの支えであり象徴でもあるキリスト教一致祈祷週間は、1968年以来、「世界教会協議会」(WCC)と「教皇庁キリスト教一致推進評議会」との共同でテーマとプログラムが編纂されており、わが国では日本キリスト教協議会とカトリック中央協議会との共同でこれが翻訳され、祈祷週間のしおり(写真)が毎年発行されている。今年も、エキュメニズムの重要性の認識とともに、祈祷週間のより一層の熱意と広がりが期待される。