教会の社会教説とは何か

糸永真一司教のカトリック時評 > 折々の想い > 教会の社会教説とは何か

教会の社会教説とは何か

カテゴリー 折々の想い 公開 [2012/09/01/ 00:00]

教皇レオ13世

教皇レオ13世

教会の「社会教説」(「社会的教え」ともいう)は、社会の福音化の規範であり、したがって、世俗社会の福音化のために呼ばれ派遣された信徒の使徒職の規範である。では、あらためて教会の社会教説とは何か。

教皇レオ13世(在位1878-1903)は、1891年、史上初めての社会回勅『レールム・ノヴァールム』(新しい事柄)によって、労働問題を中心とする社会問題に焦点を絞り、これに福音の光をあてて問題点とその解決への諸原理を明らかにした。当時は、産業革命の後の混乱期にあり、特に労働者の悲惨な境遇が社会問題化していた。以来、歴代教皇はレオ13世の路線を引き継ぎ、次々に起こる新たな社会問題に福音の光を当てながら、教会の社会的な教えを発展させてきた。こうして、教会の社会教説が形成された。

2千年にわたる教会の歴史を総括し、新たな世紀への取り組みのプログラムを決定した第2バチカン公会議も、当然のことながら、教会の社会教説を総括し、その基本をあらためて明らかにした。それが「現代世界憲章」である。

現代世界憲章がその第1部で示した社会教説の基本は、「人格の尊厳」と「人間共同体の重要性」である。第一に、神によって創造され、神のいのちにあずかるように召された人間人格の超越的尊厳を強調し、神聖にして不可侵の基本的人権を明らかにした。そこに、すべての社会問題を解く第一の鍵があることを示したのである。

第二に、公会議は、人間は社会的存在であるとして、結婚と家庭に始まり、国際的な関係に至るまでの、「人間共同体」の重要性を強調した。こうして、個人主義が蔓延し、弱肉強食の自由主義社会に警告を発し、人間共同体の再建と完成への道を明らかにした。

そのうえで、公会議は、教会が人間の尊厳の回復と人間共同体の再建に対して不可欠の使命を担うものであることを強調している。原罪に傷ついて神から離反し、互いにも対立し分裂している人間とその世界を救済することが、人となった神の子キリストの使命であり、その使命を引き継ぐ教会の、すべての社会問題に関与すべき使命を明らかにしたのである。

第2部において、現代世界憲章は「若干の緊急課題」として「結婚と家庭」、「文化の発展」、「経済・社会生活」、「政治共同体の生活」、そして「平和の推進と国際共同体の促進」を取り上げ、その各々について突っ込んだ教えを展開している。公会議のこの論戦を引き継いで、その後の歴代教皇は新たに生起する社会問題について現代世界憲章の教えを適用し、解説して、教会の社会教説を発展させてきた。

さて、教会の社会教説について、福者ヨハネ・パウロ2世は、レオ13世の回勅100周年に公布した回勅『チェンテジムス アンヌス』(100年目)の中で、「実際、教会がその社会教説を教え広めることは教会の福音宣教の使命に属することであり、キリスト教のメッセージの本質的な部分です」と述べている。換言すれば、教会の社会教説は聖書の教えの現代社会への適用であり、聖書の言葉の現代的な翻訳である。BC2000年からAD100年にかけて書かれた神の言葉・聖書は、さまざまに変貌した現代の社会事情に適応し、翻訳されなければならないということである。

したがって、現代世界における福音宣教は教会の社会教説を規範として展開されなければならない。特に、世俗社会のただ中にあって、その福音化の使命を担う信徒は、その使徒的活動の規範として、どうしても教会の社会教説を学び、これを実現すべく努める必要がある。福者ヨハネ・パウロ2世は言う。「福音から離れた「社会問題」の真の解決などあり得ない」(上記回勅5)からあである。

 その意味で、信徒使徒の養成において、教会の社会教説は勉強の必修科目である。要理教育に当たる司祭やカテキスタはこのことを十分承知していなければならない。教会の社会教説を身に付けた使徒的な信徒を養成し派遣することは、彼らの勤めである。一方、信徒は、進んで教会の社会教説を学ぶ必要を自覚すると同時に、社会教説を個々の具体的な社会問題に当てはめて考察し、識別して、その実現に当たらなければならない。カトリック青年労働者連盟(J.O.C.)が採用した、「見る、判断する、実行する」という具体的な使徒職の方法論は、すべての信徒使徒職の中で必要不可欠の原則である。そのためにも、信徒使徒職の組織化は重要である。多くの場合、社会教説を具体的な社会問題に適用して実現する作業は、個人の力を超えているからである。

 今日のわが国の社会事情は、過疎化・少子高齢化に加えて、新自由主義がもたらした金融・経済危機の中にあり、産業の空洞化や失業問題、非正規労働者や新しい貧困の問題、何よりも孤立化や無縁死など、家庭をはじめ、各層の人間共同体の破壊が進行している。教会の社会教説を規範とする信徒使徒職の出番が緊急課題となっているのである。