“教会の外に救いはない”について

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“教会の外に救いはない”について

カテゴリー 折々の想い 公開 [2012/12/15/ 00:00]

121215 古くから「教会外に救いなし」(Extra Ecclesiam nulla salus)と言われてきたが、その解釈については、排他的な意味に取られるなど混乱があった。しかし、ピオ12世教皇の頃から肯定的に解釈されるようになり、第2バチカン公会議によって確認されることとなった。

公会議に基づいて編まれた新しい要理書『カトリック教会のカテキズム』は、上記の命題は肯定形に直して理解すべきであると、次のように説明している。

「教父たちがしばしば繰り返したこの主張を、どのように解釈すべきでしょうか。これを肯定形にすれば、救いはすべて、頭であるキリストからその体である教会を通してくることを意味します」(846)。

これに次いでカテキズムは次のように公会議を引用する。

「聖なる教会会議は、聖書と聖伝に基づいて、地上を旅するこの教会が救いのために必要であると教える。事実、わたしたちのための唯一人の仲介者であり救いの道であるキリストは、その体である教会の中に生きておられ、信仰と洗礼の必要性をはっきりと教えることによって、わたしたちが洗礼の門を通って入る教会自体の必要性を同時に確認されたのである。したがって、救いに必要なものとして神がキリストによって建てたことを知りながら、カトリック教会に入らず、あるいはそこに留まることを拒む者は、救われることはできないであろう」(教会憲章14)。

このことを、国際神学委員会が1997年にまとめた「キリスト教と諸宗教」という資料で次のように述べる。「第2バチカン公会議は『教会外に救いなし』という命題を自分のものとした。しかし公会議は、それとともに、それを明確にカトリック信者にあてられたものとし、また、この命題の有効性を、救いには教会が必要であると知っている者のみに限定した。公会議は、この文章の基礎はキリストによって確認された信仰と洗礼の必要性にあると考えている。このようにして、公会議はピオ12世の教えを引き継ぐと同時に、一層の明確さをもって、この命題本来の教訓的性格を浮き彫りにしている(資料58)。

他方、「教会外に救いなし」という命題を教会の外にいる人々に適用してきた長い歴史に終始符が打たれ、誤解が解かれて、不可抗的無知によって教会の外に留まっている人々にもキリストによる救いが可能であることがクロースアップされることになった。

カテキズムは述べる。「上記の(救われないという)主張は、自分の過ちによらずにキリストとその教会を知らない人々には適用されません」(847)。続けて公会議の次の言葉が引用される。「事実、本人の側に落ち度がないままに、キリストの福音とその教会を知らず、しかし、誠実な心で神を探し求め、また良心の命令を通して認められる神の意志を、恩恵の働きのもとに、行動によって実践しようと努めている人々は、救いに達することができる」(教会憲章16)。

教会外にいる人々の救いの可能性は、すべての人を救いたいという、「神の普遍的救済意思」を根拠としており、同時にそれは、唯一普遍の救いの手段である「キリストへの信仰と愛」の必要性を強調している。したがって、「神だけが知っている道」とは言え、不可抗的無知のゆえに洗礼に至らない者が救われるためには、キリストへの信仰と愛が必要であり、自由意志をもってそれを受諾することが必要条件である。それを拒む者がどうなるかについて公会議は何も言わない。答えは明らかだからであろう。まさに「キリストの外に救いはない」である。

ただ、公会議に基づいてカテキズムは「福音宣教の必要性」を強調する。「本人の側に落ち度がないままに福音を知らない人々を、神はご自分だけがご存じの道で信仰――それなしには神に喜ばれることはできない(ヘブライ11,6)――へ導くことがおできになるとはいえ、すべての人に福音を宣べ伝えるという必須の義務と聖なる権利とを教会は持っています」(848)。

その理由として、公会議は述べる。「しばしば人々は、悪魔に欺かれて、自分の考えの中に空しく迷い、神の真理を偽りと置き換えて、創造主よりも被造物に仕えたり(ローマ1,21-25参照)、あるいは神なしにこの世に生き、そして死んでいくなど、絶望の極みにさらされている。したがって、神の栄光とこれらすべての人々の救いとを念ずる教会は、『全被造物に福音を宣べ伝えよ』(マルコ16,16)との主の命令を忘れることなく、宣教活動を励まし支えるよう熱心に努力するのである)(教会憲章16)。



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