第六戒(3)夫婦の愛と忠実

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第六戒(3)夫婦の愛と忠実

カテゴリー 折々の想い 公開 [2014/02/15/ 00:00]

いつまでもお幸せに

いつまでもお幸せに

先日、ある国の大統領の不倫が話題になったが非難されることはなかったようである。しかし、不倫ゆえに不幸になる妻子は数知れずいる。それほどに夫婦の誠実な愛と忠実は夫婦自身はもとより、子どもたちの幸せに直結している。

【夫婦愛】

「性別は男性と女性の夫婦愛に秩序づけられている。結婚における夫婦の体の一致は心の一致のしるしとなり、保証となる。洗礼を受けた者同士の結婚のきずなは秘跡によって聖とされている」と『カトリック教会のカテキズム』(n.2360)は言う。

「男性と女性が夫婦固有の第三者を入れない行為をもって互いに与え合う性は、単なる生物的な何かではなく、それによって互いをいっそう深く結び合わせる人格的な事がらである。男性と女性が死に至るまで己の全てを与え合う愛の部分として統合される時に初めて、性は真に人間的な仕方で実現する」(n.2361)。

「夫婦の親密で清らかな一致を実現する行為は、正しく、品位ある行為である。真に人間的な仕方で行われる時、そのような行為は、相互の与え合いを実現し、これを育む。夫婦はこの与え合いによって、喜びと感謝のうちに豊かになる。性行為は喜びと楽しみの泉なのである」(n.2362)。

“創造主ご自身が、夫婦の生殖行為において、肉体と精神の喜びや満足を得られるよう定められた。したがって、この楽しみを追求し、享有することは何ら悪いことではない。彼らは神が彼らのために用意したものを享受するのである。にもかかわらず、適切な範囲内に自制すべきである”(ピオ12世教皇)。

「夫婦の結合は、夫婦自身の善といのちの伝達という、結婚の二つの目的を実現する。結婚のこの二つの目的あるいは価値を引き離すとすれば、夫婦の霊的生活を害し、結婚の善と家族の将来を危険に陥れる。

このように、男性と女性の夫婦愛は、互いの忠実と子どもの出産という二重の目的を支えているのである」(n.2363)。

【夫婦の忠実】

「結婚した二人は、“神が定め、法則を付与した、愛といのちの親密な共同体”を形成する。これは結婚の契約、すなわち人格的で撤回できない二人の合意に基づくものである“。

双方とも、決定的に、全面的に互いに己を与え合う。彼らはもはや二人ではなく、これからはただ一つの体となる。夫婦が自由に結んだ契約は唯一・不解消の契約としてこれを守る義務を二人に課す。『神が結び合わせたものを、人間が引き離してはならない』(マルコ10,9)」(n.2364)。

「忠実とは、約束した言葉に固くとどまることを意味する。神は忠実である。結婚の秘跡は男性と女性を教会に対するキリストの忠実に参与させる。夫婦の貞潔によって、彼らはこの神秘を世間の前に証するのである」(n.2365)。

聖ヨハネ・クリゾストモは、若い夫たちに、次のような話を妻たちにしてやりなさいと勧告している。“わたしはあなたを両手に抱いた。わたしはあなたを愛し、あなたをわたしの命よりも大切にする。なぜなら、現世の命は何ものでもない。熱烈なわたしの夢は、死ぬまであなたと離れることなく、一緒に暮らすことである。わたしはあなたの愛を何ものよりも大切にし、あなたと同じ思いを持たないことほど、大きなわたしの苦しみはない”



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