第八戒(4)マス・メディアの使命
カテゴリー 折々の想い 公開 [2014/08/01/ 00:00]
「マス・メディア」は、教会用語では「社会的コミュニケーション・メディア」、わが国では「広報機関」とも訳される。教会は神の第八戒の解説の中で、でマス・メディアの使命と倫理を取り上げている。
「現代社会において、社会的コミュニケーション・メディア(広報機関)は、情報伝達、文化の促進、そして教育のために、大きな役割を担っている。この役割は、技術の進歩、送られるニュースの規模や多様性、世論に与える影響の点で、拡大している」(『カトリック教会のカテキズム』n.2493)。
「メディアによる情報の伝達は共通善のためである(広報機関に関する教令11参照)。社会は真理、自由、正義、連帯に基づく情報に対する権利を有する。
“しかし、この権利が正しく行使されるためには、まず、報道の内容は正義と愛とを損なわない限り、常に真実で完全なものでなければならず、また、報道の方法は公正で適切でなければならない。すなわち、情報を求めるときにも、またそれを公表するときにも、倫理の基準と人間の正当な権利および品位とが尊重されなければならない”(第2バチカン公会議『広報機関に関する教令』5)」(n.2494)。
「“社会の構成員は皆、この分野においても正義と愛の義務を背負っている。それゆえ、広報機関によって正しい世論をつくり、それを広めるように努力しなければならない”(同上8)。連帯は、真実で正しい報道と、他者への知識と尊敬を助長する意見の自由な交換の結果として実現する」(n.2495)。
「社会的コミュニケ―ション・メディア(中でもマス・メディア)は利用者を一種受動的な存在、すなわち情報や映像の無警戒な消費者にする恐れがある。利用者はマス・メディアに対して節度と自己規制が要求される。利用者は賢明で正しい良心を養うよう努め、マス・メディアの望ましくない影響に抵抗しなければならない」(n.2496)。
「報道に従事する者には、その職業柄、情報の伝播において真理に奉仕し、愛徳を侵さない義務がある。彼らは事実の本質と人々に対する批判的判断の限界を、等しい配慮をもって尊重するよう努める必要がある。彼らは中傷行為に加担してはならない」(n.2497).[
「“共通善のゆえに、政府には特別な任務が課せられている。公権には、報道における真実で正当な自由を擁護し保護する義務がある”(広報機関に関する教令12)。法律を公布し、その適用を監視するにあたって、公権は、メディアの悪用によって“社会の公衆道徳と進歩に重大な害悪をもたらすことのないよう”(同上)配慮しなければならない。私的生活の評判や秘密に関する人権侵害についてはこれを罰しなければならない。公権は、一般の善益あるいは国民の根拠ある懸念に関する情報を必要に応じ、また適切にこれを提供しなければならない。メディアによる世論操作のために偽りの情報に訴えることは断じて許されない。このような介入が個人やグループの自由を侵害することがあってはならない」(n.2498)。
「計画的に真理を歪曲し、メディアを通じて世論の政治的支配を行い、公判において被告や証人を「操り」、そして、すべて「思想犯」とされる者を抑圧し弾圧することによって暴政を正当化しようとする全体主義国家の企ては道徳に反するものである」(n.2499)。