政治の使命と限界

政治の使命と限界

カテゴリー カトリック時評 公開 [2008/08/15/ 00:00]

北海道洞爺湖サミットが終り、福田内閣の改造も済んで、わが国の政治はいまや解散・総選挙の準備に突入した感じである。グローバル化が進み、国際的な利害が複雑に絡み合う中、政治の世界もますます困難の度を深めている。こうした中で、投票率とはかかわりなく、国民の政治的関心や期待は高まるばかりである。この期待にこたえるには単なる世論への配慮ではなく、政治を動かす思想(哲学)やモラルの改善が課題となる。

言うまでもなく、政治は地上の生活の問題である。「国家の基本原則は正義の追求でなければならない」(回勅『神は愛』26)と教皇ベネディクト16世は書いている。政治の目的ないし使命は、地上の国における正義の追求であり、国民の共通善の実現である。世界の資源や財宝はすべて人類共同の遺産であるから、人間は知恵と自由を駆使して自然界を調和よく開発し、その成果を適正に分かち合わなければならない。権力を背景としてこの分かち合いを調整するのが政治の使命である。教皇続けて言われる。「公正な社会秩序の目的は、補完性の原理に従って、各人に対する共同体の富の分配を保障することです」(同上)。

1)政治は真理に導かれねばならない

公平な分かち合いのための正義の分別は難しい。相互の利害が複雑に交錯しているからである。その上、人間の理性はいつも鋭敏であるわけではなく、しばしば感情に支配される。従って、政治的判断は間違いも多い。国内、国際政治における現今の難題はその証拠である。そのため、政治における正義の追求は常に継続されると同時に、啓示によって示された神の理性に照らされなければならない。正義の追及は真理の裏づけを必要としているのである。ここに言う真理とは、何よりも人間のいのちの尊厳とその基本的な権利・義務とを正しく識別することである。この真理に基づかない政治は、弱肉強食を助長する個人主義的な格差社会を生むか、基本的人権を無視して国民を抑圧する全体主義的な閉鎖社会を生むことになる。

政治はこのような人間の限界を謙虚に認め、神を畏れ、神に従う態度を大事にしなければならない。教会は政治を行わないが、しかし、委託された神のことば、すなわち信仰の遺産をもって人々を教え、もって政治の良心となる使命がある。この点、キリスト者たちに積極的な政治参加を促す理由である。

2)政治は世界を完成しない

政治のもう一つの限界は、人間とその世界の究極の目的は政治の使命をはるかに超えているということである。人間の根源的な願望は政治では満たされないということでもある。聖アウグスチノはその著『告白』の冒頭で書いている。「わたしたちの心はあなた(神)のうちに憩うまでは安らぐことがありません」(1,1)。人間が神のうちに憩うときとは、この世が終り、キリストの再臨によって「新しい天と新しい地」(2ペトロ3,13;黙示録21,1)が開かれるときである。第2バチカン公会議は教えている。

「われわれは地と人類の完結のときを知らないし、すべてがどのように帰られてゆくものかを知らない。罪によって醜く変形した世界の様相は確かに過ぎ去る。しかし、神によって新しい住居と新しい地が用意され、そこには正義が支配し、その幸福は人間の心にある平和への願望をすべて満たし、また超えるものであることを我々は教えられている」(現代世界憲章39)。

3)政教分離原則の真意

そこで、わたしたちは「政教分離」ということの真意を理解することができる。

①政教分離とは、まず、政治と教会との役割の区別を示している。政治は現世における「正義の追求」であり、教会は現世を通し、また現世を超えて世界の完成、つまり「神の国」を追及することである。従って、教会自体は政治団体ではなく、一切の政治活動を行わない。しかし、教会の子等、そしてキリスト者たちはこの世の国の市民であり、キリスト教的良心(真理と愛)を持って自由に政治に参加する。

②政教分離とは、政治と教会が密接に協力することを前提しているということである。すでに述べたように、政治には二重の意味で限界があり、この限界を補い、完成するために神の働きを必要としているのである。そういう意味で、わたしたちは政治を大切にしなければならないが、同時に、政治に期待しすぎてはいけないということであろう。

「人はパンだけで生きるのではない。神の口から出るすべてのことばによって生きる」(マタイ4,4)。



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