神の子は、なぜ人の子になったのか?

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神の子は、なぜ人の子になったのか?

カテゴリー カトリック時評 公開 [2009/12/01/ 00:00]

クリスマスを考える季節になった。キリスト教国ではないわが国でも、クリスマスだけは国民の間にすっかり溶け込んだ年中行事になっているから、ここにあらためてクリスマスの意味とこれを祝う理由について考えてみたい。

民間の行事としては、クリスマスツリーやクリスマスケーキ、サンタクロースやクリスマスプレセント、さらにはクリスマスキャロルやクリスマスセールといったところが定番だが、ここではやはりクリスマス本来の意味や祝祭の理由を問う必要がある。そしてその答えは、教会自身の話を聞くのが一番であろう。そこで、『カトリック教会のカテキズム』456-460番に従って探ってみることにしよう。

クリスマスとはどんな祝祭か?

わが国のカトリック教会ではクリスマスのことを「主の降誕」と呼んでいる。イエス・キリストが単に生まれたのではなく、神の子がこの世に降って、人となって生まれたという意である。教会の「ニケア・コンスタンチノープル信条」には大要次のように書かれている。「イエス・キリストは、わたしたち人類のため、また、わたしたちの救いのために、天より降り、おとめマリアよりからだを受け、人となられた」。従って、クリスマスとは「神の言葉」(神の思いそのもの)、すなわち父なる神と同等の神性を持つ「神の子」が人間性を採って「人の子」になったことを記念する祝祭であるということができる。

では、神の子は、なぜ、人の子になったのか? カテキズムはその理由を四つに要約して説明している。

1)「わたしたちを神と和解させて救うため」

その説明として次の三つの聖書の言葉が引用される。「神は、わたしたちを愛して、わたしたちの罪のために、あがないの供え物(犠牲)として、御子をお遣わしになりました」(1ヨハネ4,10)。「御父は御子を世の救い主としてお遣わしになりました」(1ヨハネ5,14)。「御子は罪を除くために現れました」(1ヨハネ3,5)。

ここで、ニッサの聖グレゴリオの言葉が引用されている。「わたしたちの本性は、病んでいたので癒しを、罪におちていたので再起を、死んでいたので復活を必要としていました。わたしたちは持っていた宝を失っていたので、これを取り戻す必要がありました。闇の中に閉じ込められていたので、光が必要でした。とりことなっていたので救い主を、囚人となっていたので助けを、奴隷であったので解放者を待ち望みました。このような重大な理由があったので、神は心を動かし、わたしたち人間の本性にまで下って、訪れてくださったのではないでしょうか。人間はそれほど惨めで、不幸な状態にあったのです」。

2)「わたしたちが神の愛を知るため」

「神は独り子を世に遣わされました。それは、わたしたちが彼を通して生きるためです。ここに、神の愛がわたしたちに現れたのです」(1ヨハネ4,9)。「神は独り子を与えるほど。この世を愛した。それは、御子を信じる者が一人も滅びることなく、永遠のいのちを得るためである」(ヨハネ3,16)。

3)わたしたちの聖性の模範となるため」

「わたしの軛(くびき)を受け入れ、わたしの弟子になりなさい」(マタイ12,29)。「わたしは道であり、真理であり、いのちである。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことはできない」(ヨハネ14,6)。また変容の山で、父なる神は「これに聞け」(マルコ9,7)と命じておられた。イエスは真福八端の模範、「わたしがあなたがたを愛したように」(ヨハネ15,12)互いに愛し合いなさいという新しいおきての模範である。この愛は、キリストの愛に従って自分を実際に捧げることを含んでいる。

4)「わたしたちを神の本性にあずからせるため」(2ペトロ1,4)

ここには教父たちの言葉で説明される。「神の言葉が人となられ、神の御子が人の子となられたのは、人が神の言葉に結合することで神と親子の縁を結び、神の子となるため」(聖イレネオ)であり、「神の子が人となられたのは、わたしたちを神とするためなのです」(聖アタナジア)。「神の独り子は、わたしたちがご自分の神性にあずかることを望み、わたしたちの本性を受け入れて人となり、人間が神となるようになさいました」(聖トマス・アクイナス)。

要するに、神の子が人の子(人間)になったのは、人の子(人間)を神の子(神の養子)とするためであった。



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