あらためて人生の展望を開く

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あらためて人生の展望を開く

カテゴリー カトリック時評 公開 [2012/01/01/ 00:00]

“一年の計は元旦にあり”とは、子供のころから正月になるとよく聞かされた諺(ことわざ)である。明代の中国で編纂された『月令広義』に由来するもので、“一日の計は晨(あした=朝)にあり”と同様、何事も初めの計画が大切だと一般に理解されている。

人生にとっても、初めの計画は大切である。しかし、人生の計画は、人間が造られた存在、すなわち「被造物」であるが故に、初めの計画は人間の側にではなく、創造者である神のうちにあった。この神の計画は、人間本性の傾向や心の奥の願望などによって推測できるが、正確なところは神の啓示によらなければわからない。そして神の啓示は、次のようにそれを明らかにしている。「初めに言葉があった。…言葉は神であった。…すべてのものは言葉によって造られた」(ヨハネ1,1-3)。

ここにいう「言葉」(ギリシャ語でLogos)とは「永遠の英知、神の思いそのもの、神の本質的な姿」(福者ヨハネ・パウロ2世)であって、「父なる神から生まれた永遠の独り子」と呼ばれるかたである。そして聖書は言う。「言葉は人となり、われわれのうちに宿った」(ヨハネ1,14)。すなわちイエス・キリストである。人間に関する「秘められた神の計画」が、人となったキリストにおいて見えるものとなったのである。このことを第2バチカン公会議(1962-65)は次のように表現する。「キリストは、父とその愛の秘義を啓示することによって、人間を人間自身に完全に示し、人間の高貴な召命を明らかにする」(現代世界憲章22)。ここにいう「召命」とは、「計画」と読み替えてもよい。

人生に関する神の初めの計画は、「時間の神秘」を明らかにするものでもある。人間と世界には、被造物であるが故に始めがあり、終わりがある。世の中には、輪廻転生という思想もあるが、キリスト教においては、人生も世界も一度限りの、やり直しのきかない存在である。前教皇・福者ヨハネ・パウロ2世は、時間の神秘について次のように書いた。

「キリスト教では、時間は基本的な重要性をもっています。世界は時間の枠内に創造されたのであり、救いの歴史も時間の中に展開するのです。救いの歴史は受肉という「時の充満」においてその頂点に達し、時間の終わりにおける神の御子の再臨によってその目的を達成します」(使徒的書簡『紀元2000年の到来』10)。

こうして、人類の歴史は「救いの歴史」と呼ばれる。上記の使徒的書簡は述べている。「キリストの啓示は、輪廻転生を認めず、人間が地上における一回きりの人生において実現すべき開花について語ります。この人生の開花は、人間が自らを私心なき贈り物、すなわち神との出会いによって可能となる自己贈与によって達成されます。人間は神においてのみ、完全な自己実現を見出すのです。これこそは、キリストが明らかにした真理です。人間は、人間と出会うために来られた神において、開花するのです。この世に来られた神において、天地創造に始まった人間の時間はその充満に達するのです」(同上)。

上記書簡はつづけて言う。「時の充満とは、事実、永遠性であり、いやむしろ、永遠であるかた、すなわち神ご自身です。したがって、時の充満に入るとは、時間の終末に達すること、そして、神の永遠性においてその開花を見出すため、時間の限界を越えることを意味します」(同上)。この「時の充満」は「受肉した神の言葉」、すなわち、人間となってこの世に来られた神の子キリストにおいて実現することを、上記書簡は強調する。「受肉したみ言葉であるイエス・キリストにおいて、時間は永遠そのものである「神の場」となります。キリストの到来とともに、「終わりの日」(ヘブライ1,2参照)、「終わりの時」(1ヨハネ2,18参照)が始まり、そしてキリストの再臨まで続く教会の時間が始まります」(同上)。

したがって、「キリストは時間の主であり、時間の開始と完成です。年も日も瞬間もみな、「時の充満」の中に再発見されるために、キリストの受肉と復活に包含されているのです」(同上)。

人類は、そしてわたし自身は、キリストに結ばれて「時の充満」を生きている。時間の中にいながら、すでに永遠を生きているのである。このような展望の中で、わたしたちは新しい年を迎える。この厳然とした、そして喜びと希望に満ちた展望の中で、これからの生き方を整理し、人生の究極の目的に向かって秩序付けるのである。そうすれば、毎日の仕事や雑用、余暇や休息まで、喜びや苦労におりなされる生活全体が、栄光の終局に方向づけられることによって意味を持ち、生きがいとなる。元旦はまさに、神の計画に従ってあらためて人生の展望を開く時である。



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