学校教育に対する親の権利と責任

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学校教育に対する親の権利と責任

カテゴリー カトリック時評 公開 [2013/04/10/ 00:00]

このところ、いじめや体罰問題と絡んで学校教育への風当たりは厳しい。だが、学校教育に対する親の権利や責任について語られることが少ない。時として学校に対する親の正当な言い分とモンスターペアレントの不当な要求との区別も判然としない。

そこで、家庭と学校の関係を正常化するための参考に、カトリック教会が1983年に発表した「家庭の権利に関する憲章」の中から、教育に関する第5条を以下に紹介しよう。

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第5条

 親は、子どもに生命を授けたのであるから、子どもを教育する最初で本来的な譲ることのできない権利がある。したがって、親は子どもの最初の重要な教育者として認められるべきである。

 a 親は、子どもの善と尊厳を大切にする家庭の文化的伝統を考慮しながら、親の倫理的・宗教的信念に従って、子どもを教育する権利がある。また、教育的役割を適切に果たすための必要な助力と援助を、当然、社会から受けるべきである。

 b 親は、自分たちの確信に従って子どもを教育するために必要な学校やその他の手段を、自由に選ぶ権利がある。公的権力は、親が不公正な負担を被ることなく、この権利を真に自由に行使できるように、公的な助成金の給付を保証しなければならない。親は、直接的にも間接的にも、この自由の行使を拒否または不当に制限するような特別の負担を被ることがあってはならない。

 c 親は、自分たちの倫理的・宗教的確信と合致しない授業への子どもの出席が強制されないことを保証される権利がある。特に、性教育は親の基本的権利であり、家庭においても、または親によって選ばれ管理されている教育施設においても、常に親の注意深い監督のもとで行われなければならない。

 d あらゆる宗教的な養成が排除されている国家によって強制的な教育体系が課されるとき、親の権利が侵犯される。

 e 子どもを教育する親の本来的な権利は、親と教師と学校当局者のあらゆる協力形態において支持されなければならない。特に、学校の機能を果たす上で、また教育施設を明確化し履行する上で、市民の発言が予定される参加形態においてはなおさらである。

 f 家庭は、社会的伝達の機関(註・マスメデジア)が、社会を建設するための積極的な手段であり、家庭の基本的価値を強化するものであることを期待する権利がある。同時に、家庭は特に年少者の成員が、マス・メディアの弊害や誤った使用から適切に守られる権利がある。

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子どもの教育に対する親の優先的な権利についてはわが国教育基本法においても認められているので周知のことではあるが、学校選択に関する親の権利とか、学校選択の自由に関して授業料など教育費負担の格差をなくする権利などについては、必ずしも明確ではない。公私立間の教育費負担の公平化は、少なくとも義務教育機期間ついてはもっと強調されてもいいのではないか。

授業内容について、親の宗教的・道徳的要求に関する配慮も、わが国ではおろそかにされている傾向は否めない。公教育を優先するわが国の伝統からして、親の信念に基づく教育の重要性の理解は決して十分とは言えない。特に性教育における親の権利と心配についての配慮は全く欠けているとしか言いようがないのではないか。また、公立学校に期待できない宗教・道徳教育に関しては、学校以外の教育手段、例えば教会学校に子どもを通わせてその徹底を図るなどの必要もある。

家庭と学校の関係を正常化するにあたって、PTAの存在も再考する必要があるように思う。現在は余りにも形骸化し、一部の常連による運営に終始していて、親たちが実際に効果的にかかわる仕組みが欠けていることは周知のとおりである。その点、子どもの教育に関する親たちの認識の改善と、親同士の話し合いの重要性がもっと配慮されてもいいのではないかと思う。