消費主義からの脱出のメッセージ

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消費主義からの脱出のメッセージ

カテゴリー カトリック時評 公開 [2013/09/10/ 00:00]

「教皇フランシスコは消費主義を害悪として非難し、教会への所属で得られる真の幸福を脅かすと指摘した」と、去る8月18日付のカトリック新聞は「バチカンCNS」ニュース』と報じた。“消費主義”を非難し否定する論議は新しくはないが、今日の世相を見れば、もはや見過ごすことのできない緊急事態になっているというべきか。

かつて福者ヨハネ・パウロ2世教皇は1991年5月1日、『百周年』(Centesimus Annus、日本語訳のタイトルは『新しい課題』)という回勅の中で、消費主義の弊害を指摘して言われる。「消費社会という社会モデルは、道徳、法律、文化、宗教を自律社会とは認めず、その社会を否定するもので、人間を経済的領域、物質的必要の充足へと全面的に還元してしまう」(回勅『新しい課題』19)。

消費主義を非難するのは教皇だけではない。“脱成長”(decroissance)の倫理を唱えるセルジュ・ラトゥーシュ(Serge Latouche)もその一人である。最近翻訳出版された『経済成長なき社会発展は可能か?』(原書はPour sortir de la siciete de consommation=消費社会からの脱出のために)の著者である彼は、3年前の来日時に次の表に話したという。

「わたしが成長に反対するのは、いくら経済が成長しても人々を幸せにしないからだ。成長のための成長が目的化され、無駄な消費が強いられている。彼ら(欧米や日本の政治家たち)は、資本主義に成長を、緊縮財政で人々に節約を求めるが、本来それは逆であるべきだ。資本主義はもっと節約するべきだし、人々はもっと豊かに生きられる。われわれの目指すのは、つましい、しかし幸福な社会だ」(上掲書265頁)。

ラトゥーシュの主張は、世界誌9月号に掲載されている論文、「豊かな社会の欺瞞から簡素な豊かさという逆説へ」という記事に簡潔に要約されており、興味深い。それによれば、「成長社会とは、経済成長によって支配され、その虜になっている社会だ」と言い、「消費社会は、成長社会が行き着く先です。それは三重の際限なさに立脚しています。際限のない生産――再生可能なものも再生不可能なものも含めた資源の無際限な採取、際限のない欲求の生産――不必要な製品の無際限の生産、そして際限のない廃棄物の生産――ゴミ屑と汚染(大気、大地、水)の無際限な放出です」。

消費社会を継続させるのが「広告とクレジットと計画的オールドモデル化」であるという。広告によって消費の欲望を造り出し、消費の手段を与えるクレジット、そして消費の必要を加速度的に更新させるオールドモデル化であるという。こうした消費社会のシステムが人間性をむしばみ、個人主義的格差社会を生み、自然を汚染し破壊する。このような成長神話に汚染された消費社会とは別の、新しい「自制と分かち合い」の社会を築かなければならないと説くのである。

ラトゥーシュが説く“脱成長”の理想は、キリストの福音において実現する。キリストは、御父の計画に従い、自らの救いの業としてこの世に開始した神の国の真髄を示したと言われる「山上の垂訓」の中で言われた。「だれも二人の主人に兼ね仕えることはできない。一報を憎んで他方を愛するか、または、一方に親しみ、他方を疎んじるかである。あなた方は神と富とに仕えることはできない」(マタイ6,24)。ここにいう富に仕えるとはお金に仕える消費主義であり、神に仕えるとはキリストの福音に生きることである。

そこで、キリストは言われる。「まず、神の国とその義を求めなさい」(マタイ6,33)と。「神の国」とは神の愛が支配する世界のことであり、「神の義」とは神が定めた秩序を守ることである。換言すれば、成長のための成長を目指す消費主義社会から脱出して、世界の富を人類全体で共有の財産として分かち合う愛の共同体を生きること他ならない。

しかし、神の国を受け入れてこれに生きるためには、大いなる回心が要求される。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1,16)。キリストはまた富の危険を指摘して言われる。「金持ちが天の国(註・神の国)に入るのは難しいことである。重ねて言う。金持が神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうが易しい」(マタイ19,23-24)。富の誘惑は強烈であり、富の誘惑に打ち勝つのは容易ではない。それは“大量生産・大量消費”の無駄遣い社会から、モノを大事にして心豊かに分かち合う愛の王国への発想の転換であり、価値観の転換である。

冒頭に掲げた若者に対する教皇フランシスコの勧告は、すなわち全人類に宛てられたものと言わなければならない。教皇の勧告は、モノやカネに執着して生きる現代人に対する、まさに「消費主義からの脱出のメッセージ」なのである。



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