教皇、武器売買を非難
カテゴリー カトリック時評 公開 [2014/06/25/ 00:00]
周知のとおり、教皇フランシスコは5月24日から26日までの三日間、聖地を訪問し、ヨルダン、ヨルダン川西岸、イスラエルを歴訪して、東方正教会指導者との歴史的会見50周年を記念したほか、諸宗教との対話、イスラエルとパレスチナ両首脳との会見、中東和平への祈りなど、精力的にその使命を果たした。
いずれも重要なテーマだが、紛争に引き裂かれた中東地域での平和への願いは切実で、「ヨルダンで武器売買を非難」というカトリック新聞(6月1日)の小さな記事がわたしの気を引いた。新聞は言う。「教皇はベタニアの教会内での集いであいさつした際に、戦争を行い、続ける人々を強く非難し、特に苦難のうちにある中東地域では平和こそが追求されるべきだと強調して言われた。「武器が戦争のための主な動機なのです。わたしたちは武器を製造して売っている人々のために祈ります。思いやりが彼らの心を満たしますように。暴力的な人や戦争をしたがる人、武器を製造し売る人たちの心を、神が変えてくださいますように。そして神が、平和をもたらす人の心と意志を強め、あらゆる祝福を与えてくださいますようにと、教皇は祈った」。
このニュース記事を読みながら、わたしは世界誌6月号の『2013年の世界軍事支出――日本企業は「死の商人」になるのか』という記事を思い出している。記事は問題を提起して言う。「2013年、世界の軍事費支出は177兆円と推定された。冷戦崩壊や各国の財政難を超えて『死の商人』は生きている。日本の武器禁輸政策の撤廃は、民生中心に歩んできた日本企業に変質をもたらすか」。
この記事の中で、日本の武器輸出三原則撤廃に関する部分は次のとおりである。
「4月1日、安倍政権は、武器・兵器の輸出を事実上禁じてきた武器輸出三原則を、閣議決定という民意の届かない手法によって撤廃した。小野寺五典防衛相は4月18日の記者会見で、迎撃ミサイル「パトリオット」(pac2)を製造する三菱重工業に対して、米企業から基幹部品の輸出要請がったことを明らかにした。これが進めば、防衛装備移転三原則の初めての案件となる。これまでは三菱重工業が自衛隊向けに製造してきたが、武器輸出三原則撤廃からわずか半月で、日本企業の武器輸出解禁への道が造られようとしている。
新たに設けられた防衛装備移転三原則は、日本企業が世界に武器を売りさばく『死の商人』になる道を示したものである。さらに言えば、さまざまな利権やカネの力学の中でバランスを取りながら、戦後の日本社会において、非軍事産業によって経済的繁栄を築いてきた日本企業の矜持を奪い、政府の圧力によって武器製造の拡大・輸出を強要するものとなりうるだろう」。
同誌の記事によれば、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所発表の「兵器製造・軍事サービス企業トップ100,2012」の中に、日本企業6社がランクインされているが、他国の企業に比べて軍事部門のシェアが比較的小さいそうだが、「これは、日本が憲法9条および武器輸出三原則を堅持してきたことから、企業が意識的に非軍事であることを選択し続けてきた結果であると言えるだろう」と述べていることからしても、この原則が崩れると、儲かると言われる軍需産業が飛躍的に伸びてアベノミクスの成長戦略に貢献することを期待してのことではないかと思いたくなる。
こうした事情の中で、「武器が戦争のための主な動機です」という教皇の言葉がいっそう切実に感じられる。武器があれば使いたくなり、戦争があれば武器が売れる。だから、戦争があることを期待して武器をつくる。こうして、活発な経済成長が望めない成熟社会において、軍事産業だけは際限なく栄え、遂にはやめられなくなる。平和国家としての日本の行く手を揺るがす魔の循環が起こることを本気で危惧する。