教皇の’14平和メッセージ再読(3)

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教皇の’14平和メッセージ再読(3)

カテゴリー カトリック時評 公開 [2014/08/25/ 00:00]

世界平和の実現は人類の大きな関心事である。第2バチカン公会議は言う。「平和は単なる戦争の不在でもなければ、敵対する力の均衡を保持することだけでもなく、独裁的な支配から生ずるものでもない」(現代世界憲章78)。

安倍政権は集団的自衛権の閣議決定をもって核大国アメリカとの軍事同盟を強固にして抑止力を高め、「敵対する力の均衡による平和」を求めて、これを「積極的平和主義」と自称しているが、それは戦争防止策であって平和の建設ではない。平和を造るのは軍事力ではなく「兄弟愛」だからである。教皇は’14平和メッセージにおいて、世界の人々の心を一つに結ぶ「兄弟愛」を強調している。じっくり味わってみたい。

「あなた方は皆兄弟なのだ」(マタイ23,8)

3. そこで自然に疑問が浮かびます。この世の人間は、父である神から記された兄弟愛へのあこがれに完全には答えることができないのでしょうか。自分の力だけで、無関心と利己主義と憎しみに打ち勝ち、兄弟姉妹が持っている正当な違いを受け入れることができるのでしょうか。

主イエスが与えてくださった答えを、少し言い換えて、次のように要約することができます。あなたがたの父は神おひとりだけだ。あなたがたは皆兄弟なのだ(マタイ23,8-9参照)。兄弟愛の根拠は、神の父としての愛です。ここにいう父としての愛は、あいまいで歴史的に力のない、一般的な意味での父性のことではありません。むしろ、すべての人に対する神の個人的、具体的かつ特別な愛のことです(マタイ6,25-30参照)。それゆえ、この父の愛は兄弟愛を力強く生み出します。なぜなら、神の愛は、わたしたちがそれを受け入れるなら、生活と他者との関係を造り変える強力な動因となり、連帯と真の分かち合いへと人間の心を開くからです。

とくに人間の兄弟愛は、死んで復活したイエス・キリストのうちに、また彼によって、新たに生まれ変わります。十字架は、人間が自力で生み出すことのできない兄弟愛を築くための決定的な「場」です。人間をあがなうために人間本性を受け取り、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで御父を愛したイエス・キリストは(フィリッピ2-8参照)、復活によってわたしたちを新しい人類とします。わたしたちは神のみ心と計画に完全に一致します。この計画は、兄弟愛への使命の完全な実現を含みます。

イエスは最初から御父の計画を受け入れ、それが他の何ものにも増して優先されることを認めました。しかしキリストは、御父への愛のゆえに死に至るまで身を捧げることにより、わたしたち皆の新しく決定的な始まりとなりました。わたしたちはキリストのうちに自分たちを兄弟として認めるよう招かれます。わたしたちは同じ父の子だからです。キリストは契約そのものです。彼は人間と神とを和解させ、また兄弟どうしを和解させるための場となるかたです。イエスの十字架上の死は、諸民族の分裂を克服します。契約の民と異教の民の分裂をも克服します。異教の民は、このときまで契約の約束から除外され、希望を持てなかったからです。エフェゾの信徒への手紙に書かれているとおり、イエス・キリストはご自身においてすべての人を和解させます。キリストは平和です。二つの民を一つにし、敵意という隔ての壁を取り壊したからです。キリストはご自身のうちに一つの民、一つの新しい人、一つの新しい人類を造り出します(エフェゾ2,14-15参照)。

キリストのいのちを受け入れ、キリストに結ばれて生きる人は、父である神を認め、神に自分を完全にささげ、すべてを超えて神を愛します。和解された人は神のうちに万物の父を見いだします。その結果、すべての人に開かれた兄弟愛を生きるよう促されます。キリストに結ばれた人は、他者を受け入れ、他者を、よそ者や競争相手や敵としてではなく、神の子、兄弟姉妹として愛します。すべての人は神の家族のうちにあって同じ父の子であり、御子における子としてキリストに接木されるので、「使い捨てのいのち」など存在しません。すべての人は平等の不可侵の尊厳を享有します。すべての人は神に愛されています。すべての人は、すべての人のために十字架上で死んで復活したキリストの血によってあがなわれています。だから、わたしたちは兄弟の運命に無関心でいることはできないのです。



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