高1同級生殺害事件をめぐって

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高1同級生殺害事件をめぐって

カテゴリー カトリック時評 公開 [2014/09/25/ 00:00]

去る7月26日に佐世保市で起きた高1同級生殺害事件は、女子高校生が同級生の友人を殺すという衝撃的な事件で、多くの人々の関心を呼んだが、わたしにとっても、故郷に近い町なので、大きな衝撃を受けると同時に、その対策について考えさせられた。

佐世保市では2004年に小学6年の女児が同級生に殺害される事件があり、その前年には長崎市において中学1年の少年が幼稚園児を殺害した事件もあり、学校関係者をはじめ市民の間でも今なおその意味についての議論が続き、対策が練られている。

わたしはそうした議論や対策について好意的にこれを評価するものであるが、同時に一種の物足りなさも感じている。それは、これらの事件を通して、その真の原因を追求することなしには、真の対策の道はないのではないかと思うからである。そして、真の原因の追及とは、苦悩に満ちた“人生の秘義”、ひいては世界に見られる“悪の秘義”あるいは“罪の秘義”を追求することに他ならない。

「人間は神によって義の中に置かれたのであるが、悪魔に誘われて、歴史の初めから、自由を乱用し、神に対立するものとなり、自分の完成を神のほかに求めた」(『現代世界憲章』n.13)。第2バチカン公会議は世界の初めにおける人間の悲劇について説明している。これこそ、キリスト教が教える“人生の秘義”、“悪の秘義”、“罪の秘義”の指摘である。したがって、上にあげた小学生、中学生、そして高校生の悲劇は、人類の初めの悲劇の中にしか、その本来の原因を見いだすことはできない。そこで、世界の、したがって人類の最初を物語る創世記を振り返って見ることにしよう。

創世記は「神はご自分にかたどって人を創造された」(1,27)と言う。これは、無から創造された人間が神の養子とされて、神のいのちと喜びにあずかるものとされたという意味である。公会議はこのことを「人間は神によって義の中に置かれた」と表現する。換言すれば、知恵と自由を備えた人格として創造された人間は、その精神的な能力によって神を知り、神を愛し、神に仕えて永遠のいのちにあずかることを意味する。

しかし、人祖アダムとエワは、「偽りの父」(ヨハネ8,44)である悪魔に唆されて、「自由」を乱用して神の命令に背き、罪を犯したのである。この罪は原罪と呼ばれ、全人類に引き継がれた。ということは、人間の知恵を暗くし、自由意志を弱めて、罪に傾く性質を子孫に残したことを意味する。こうして、この世には罪悪が蔓延して悲劇に覆われることになったのでる。罪に陥る危険は佐世保の少女ばかりでなく、すべての人間に共通して存在すると言わなければならない。

このような罪の現実を認めて、家庭も学校も社会も、力を合わせて罪と闘い、その償いと防止に努めなければならないことは明らかであろう。しかし、それは可能なのか、そうするための確かな道があるのだろうか。第2バチカン公会議は言う。「“見えない神の像”(コロサイ1,15)であるかた(キリスト)ご自身は完全な人間であり、最初の罪以来ゆがめられていた神の似姿をアダムの子らに復旧した」(現代世界憲章22)。つまり、人となった神の子キリストの贖いによって人類の罪が赦され、「新しい天と地」(黙示録21,1)が人類に開かれた。

この人類救済の神の計画を貫いて流れる“根本精神”は“愛”である。聖書は述べる。「実に、神は独り子をお与えになるほど、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びることなく、永遠のいのちを得るためである」(ヨハネ3,16)。この神の救いにあずかるためには、人間は愛をもって神に答えなければならない。聖書は言う。「イエスは仰せになった。『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい』。これがいちばん重要な、第一の掟である。第二もこれに似ている。『隣人をあなた自身のように愛しなさい』。すべての律法と預言者は、この二つの掟に基づいている」(マタイ22,37-40)。ここにいう「律法と預言者」とは聖書の教え全体を指している。

要するに、神の愛に答えて、すべてに越えて神を愛し、そのあかしとして無償の愛をもって隣人を愛することが、人類が引き継いでいる“罪の遺産”から解放され、平和な社会を築く基本であるいうことである。したがって、佐世保における高1同級生殺害事件を一つの契機として、家庭においても学校においても“愛の教育”を徹底することが、われわれ大人の責任であると確信する。



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