折々の想い

折々の想い

“イエスは生きておられる”

公開 [2011/05/10/ 00:00]

「婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻ってきました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです」(ルカ24,22-23)。十字架に釘づけにされて殺されたイエ…

復活祭の日取りについて

公開 [2011/04/25/ 00:00]

キリストの復活祭は移動祝日である。現在、3月22日から4月25日までの間を移動する。今年は遅い方で4月24日である。復活祭はなぜ移動祝日なのか、またどのようにして復活祭の日取りが決められるのだろう。 …

キリスト教のシンボル・十字架の神秘

公開 [2011/04/11/ 00:00]

十字架

キリスト教最大の祝日・キリストの復活祭は、今年はいつもより遅くて4月24日に祝われる。そして復活祭の爆発的な喜びは、それに先立つ「キリストの十字架」をどう見るかにかかっている。そこに、十字架がキリスト…

四旬節・洗礼の準備と記念の季節

公開 [2011/03/25/ 00:00]

今年の四旬節は3月9日の灰の水曜日から始まった。4月24日の復活の主日までの47日間、教会においては洗礼志願者たちの入信の準備とともに、すでに洗礼を受けている信者たちの洗礼の記念が行われる。四旬節は洗…

教皇ヨハネ・パウロⅡ世の訪日30周年(3)

公開 [2011/03/10/ 00:00]

1981年2月23日午後、教皇ヨハネ・パウロⅡ世は、東京カテドラル聖マリア大聖堂で、日本到着の挨拶として「私は、平和の巡礼者として、この日本に来ました」と述べられた。核兵器の最初の被爆国・日本から全世…

教皇ヨハネ・パウロ2世の訪日30周年(2)

公開 [2011/02/25/ 00:00]

ヨハネ・パウロ2世は「空飛ぶ教皇」と言われるほど海外訪問に出かけた。その数は104回を数えるが、訪日はその9番目になる。前回述べたように、教皇は日本司教団の招きを受けて日本のカトリック教会を訪問するた…

教皇ヨハネ・パウロ2世の訪日30周年 (1)

公開 [2011/02/10/ 00:00]

今年いただいた年賀状の一枚に次の言葉があった。「教皇訪日から30年、昨日のことのようです。あっという間に30年もたったのですね」。そうだ。今年は教皇ヨハネ・パウロⅡ世の来日30年に当たる。3回にわたっ…

幼きイエズス修道会 来日のころ

公開 [2011/01/25/ 00:00]

昨年12月、クリスマス前に、わが鹿児島にある精薄者厚生施設・社会福祉法人聖嬰会・薩来園の園長さんから一冊の本をいただいた。題して『無償の愛に生きて』(講談社)。薩来園の経営母体である幼きイエズス修道会…

キリストの洗礼の神秘

公開 [2011/01/10/ 00:00]

洗礼と言えば、「生き方や考え方に大きな変化をもたらすような経験をすること」(広辞苑)として多方面に使われる場合もあるが、本来はキリスト教独特の入信の秘跡であって、「キリストの洗礼」に端を発する。その祝…

いのちを狙われた幼子イエス

公開 [2010/12/25/ 00:00]

主の降誕祭は8日間祝われるが、その4日目の28日に、教会は「幼子殉教者」を記念する。いのちを狙われる幼子イエスの身代わりとして殺された幼子たちでる。み言葉の受肉を祝うこの時期に悲惨なこの事件が記念され…

クリスマスの話題・西暦紀元

公開 [2010/12/10/ 00:00]

師走を迎え、ただでさえ心せわしいこの時期は、キリストのいない年中行事・クリスマス狂想曲が今年も喧しい。でも、わたしたちはキリストがいる本物のクリスマスの意義をしっかりと見つめて準備をしたいもの。そのた…

新福者ニューマンと信徒の地位・養成問題

公開 [2010/11/25/ 00:00]

さる9月19日、教皇ベネディクト16世は英国公式訪問の最終日、バーミンガムのコフトン・パークでのミサで、ジョン・ヘンリー・ニューマン枢機卿(1801-1890)を福者の列に加えた。なぜ今ニューマン枢機…

長崎最初の教会トードス・オス・サントス

公開 [2010/11/10/ 00:00]

今や遥か昔の思い出になったが、わたしがはじめて主任司祭として赴任した長崎の八幡町教会の区域内に、長崎最初の教会トードス・オス・サントス跡(現在は春徳寺)があった。「時評」への書き込みに関連して長崎のキ…

第七の願い “悪よりお救いください”

公開 [2010/10/25/ 00:00]

「主の祈り」の黙想もいよいよ最後の願いに到達した。この最後の願いを考えるうちに、「人生は戦いである」という思いを深くする。それほどこの世には試練とともに堕落の危険があるということだ。しかし、キ…

第六の願い “わたしたちを誘惑に陥らせず”

公開 [2010/10/09/ 00:00]

「主の祈り」のことをしばしば初めの二語で呼ぶ習慣がある。ラテン語では”Pater Noster”、フランス語では”Notre Pere”といった具合である。日本語では、旧い訳で「天にまします」と呼ばれ…

第五の願い “わたしたちの罪をおゆるしください、わたしたちも人を…”

公開 [2010/09/25/ 00:00]

今回も「主の祈り」の続きの話で、その第五の願い、すなわち、「わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします」について考える。はじめに見たとおり、「主の祈り」は「全福音の要約」であるから、…

第四の願い “日ごとの糧を今日もお与えください”

公開 [2010/09/10/ 00:00]

いよいよ話は「主の祈り」の後半にさしかかった。毎日幾度となく繰り返し祈っている「主の祈り」ではあるが、こうしてあらためて取りあげてみると、実に様々な感慨が湧いてくる。先日も、あるシスターがたの…

第三の願い “み心が天に行われる通り、地にも・・”

公開 [2010/08/25/ 00:00]

主の祈りの第三の願いは、「み心が天に行われる通り、地にも行われますように」である。この願いは「み国が来ますように」という第二の願いに含まれていたもので、マタイ福音書の主の祈りにおいては、これを…

第二の願い “み国が来ますように”

公開 [2010/08/10/ 00:00]

キリストが弟子たちに教えた「主の祈り」の中の第二の願いも、やはり父なる神中心主義の願いであって、主の祈りの中の最大の願いとも言われる。なぜなら、み国の到来こそ救い主キリストの最大の使命であったからであ…

第一の願い “み名が聖とされますように”

公開 [2010/07/25/ 00:00]

主の祈りの第一の願いは「み名が聖とされますように」であり、これに続く六つの願いを総括するような序言的な願いであるという。そこには、主イエス・キリストご自身の切なる願いが込められてもいる。それだけに、わ…